ダビデアン問題資料集

オリヴェット大学について

サンフランシスコにある「オリヴェット大学」は、ダビデアンが世界各地の大学で伝道して「チチェ」(肢体)となった若者たちを集め、通信学習とスクーリングを提供し、各種学位を発行する教育機関であり、また、チチェたちを「インターン」としてダビデアンの各種宣教団体や企業に送り返して「使役」させるための基地となっている。

オリヴェット大学の「校史」によれば、1992年に「小さな聖書学院」として始められ、2000年にEAPC(Evangelical Assembly of Presbyterian Churches)により「オリヴェット神学校」(OTCS)として設立されて、今日に至る、となっている。

オリヴェット神学校の創始者であり初代学長であるダビデ張在亨氏は、2000年に韓国ソウルで「SCCSC」という小さな神学校を設立し、同年これをオリヴェット神学校に改称しているが、上記「校史」によれば、さらにその前身となる神学校が、1992年に存在していたことになる。

1992年には、当時、統一教会の現役幹部であったダビデ張在亨氏が「JFC」(ハンビット大学宣教会)の前身となる企業「セヒャング・シルアップ」を設立している。このJFCは、1997年頃に異端嫌疑を受けて「CEF」に改称し、さらに、2004年に「ACM」と「イエス青年会」に改称している。北米のEAPCという教団は、これらCEF/ACMの宣教の結果として形成された、ダビデ張在亨氏の教団だ。

韓国では、「JFC」がダビデ張在亨氏を来臨のキリストと教えている、という異端嫌疑が1997年に提起された。
中国では、「イエス青年会」がダビデ張在亨氏を来臨のキリストと教えている、という異端嫌疑が2006年に提起された。
日本では、「ACM」が、ダビデ張在亨氏を来臨のキリストと教えている、という異端嫌疑が2006年に提起された。

それでは、オリヴェット大学は、どのような「立場」で、教育機関としての活動を行っているのであろうか。

カリフォルニア州務長官に対し、このオリヴェット大学は「企業法人」として登記されている。つまり、オリヴェット大学は、公立教育システムの中には、位置しない。

ちなみに、カリフォルニアの公立大学教育は、10校から成る「University of California」(UC)群。23校から成る「California State University」(CSU)群。109校から成る「Community College」群。この三層システムによる。UCでもCSUでもCCでもないオリヴェット大学に対して、公的助成金は、全く出ない。

次に、オリヴェット大学は、私立大学としても、認証されていない。

「CSMP」(カリフォルニア州教育学習プロジェクト)の一部門である「CRLP」(識字文書プロジェクト)は、州内の高等教育機関として「私立大学リスト」を作成しているが、そこに、オリヴェット大学は、ない。

さらに、「AICCU」(カリフォルニア私立大学協会)の「私立大学リスト」にも、オリヴェット大学は、ない。

ちなみに、CSMPは、カリフォルニア大学(UC)総長が管掌し、州教育委員会、州立大学(CSU)、コミュニティーカレッジ(CC)、私立大学協会(AICCU)、州知事官房、教師評価委員会、教育課程委員会の代表者で理事会が構成される。

さらに、神学校に対する学位認定機関「Association for Biblical Higher Education」(ABHE)に対して、オリヴェット大学は申請書を提出中であるが、現在は「候補」の扱いであり、2011年に実施予定の「次回審査」を待っている状態にある。現時点での「学位認定」は「ゼロ」と明記されている。

以上から判断すると、オリヴェット大学というのは、いわゆる「ディプロマ・ミル」(学位工場)ということになる。まさにそれゆえに、オリヴェット大学のサイトのドメインは、.eduではなく、.usなのだ。

さらに興味深いのは、オリヴェット大学が、それぞれ「中国語サイト」「韓国語サイト」を用意して、中国と韓国の大学生たちをサンフランシスコの本校に勧誘しようとしていることである。

最も興味深いのは、オリヴェット大学中国語サイトに表示された、キャンパスと図書館の風景写真である。





緑に包まれたレンガ作りの大学館と、高いアーチ天井の図書館。これが、サンフランシスコのオリヴェット大学なのであろうか? 次の写真は、実際のオリヴェット大学である。



上記がオリヴェット大学の本当の姿であるとすれば、緑に包まれたレンガ作りの大学館と、高いアーチ天井の図書館は、単に「イメージ資料」に過ぎない。そのことをサイト上に明記しないとすれば、問題であろう。

興味を越えて、驚きであるのは、オリヴェット大学の海外キャンパスが「東京」にもある、と記載されていることである。



以下は、「東京キャンパス」の紹介文である。
おそらく世界で最も整っている「東京キャンパス」は、便利な都心に位置する快適でこじんまりとしたキャンパスである。勉強に没頭したい学生のための食堂も備わった東京キャンパスは、通信教育に必要なすべての機能を提供することが出来る。
この「オリヴェット大学海外キャンパス東京校」が、いったい、都内のどこに存在するのか、残念ながら日本国内では何のアナウンスもされていない。

「韓国語サイト」では、サンフランシスコ本校の「教授陣」として、ダビデ張在亨氏が紹介されているのは、もちろんのことであるが、「芸術学部教授」として、ジンターン・トラン氏が顔写真入りで紹介されている。

ワシントン大学の学士号を持ち、「オリヴェット大学芸術学部」で教鞭を取るジンターン・トラン氏は、教授職を含めて四つの肩書きを持つ、多忙な人である。すなわち
・ダビデ張在亨氏が設立した大学宣教団体「イエス青年会」(YD)の「法定代理人」として。
・ナタナエル・トランという洗礼名で「世界福音同盟」(WEA)情報通信部会の「執行役員」として。
・ナタナエル・トランという洗礼名で「クリスチャンポスト」「取締役」として。
ジンターン・トラン氏がナタナエル・トラン氏と同一人物であることについては、以下の二つの写真を見比べれば、明らかであろう。





今や、ダビデ張在亨氏の弟子の一人であるナタナエルことジンターン・トラン氏が、「イエス青年会」と「クリスチャンポスト」と「オリヴェット大学芸術学部」の三重職を担いつつ、「世界福音同盟」の情報通信部会の執行役員となっている。

来臨のキリストを僭称するダビデ張在亨氏による「福音派への浸透」は着々と進んでいる、と観ることが出来よう。

ダビデ張在亨の世界福音同盟北米理事就任
「クリスチャンポスト報道」
「クリスチャントゥデイ報道」
「世界福音同盟サイト報道」

昨年来、世界福音同盟の情報通信センターは、ダビデアン系メディア会社「クリスチャンポスト」の全額出資により「オリヴェット大学」の構内に設置され、ダビデ張在亨氏の弟子たちがアドミニストレーターとして「使役」している。

世界福音同盟情報通信センター開設
「クリスチャンポスト報道」
「クリスチャントゥデイ報道」
「世界福音同盟サイト報道」



情報通信システムという、現代社会における「生命線」を、世界の福音派は、ダビデ張在亨氏の手中に、すでに握られてしまっているのである。


大韓イエス教長老会合同福音について

ダビデ張在亨氏や、その親友であるダビデ権氏(SCC韓国語学部長)が総会長を務めたことがある「大韓イエス教長老会合同福音」とは、いかなる教団なのであろうか?

韓国では歴史的に、改革長老教会である「大韓イエス教長老会」が主流派であったが、これが、第二次世界大戦後に「大韓イエス教長老会統合」(統合)と「大韓イエス教長老会合同」(合同)の二つに分立した。

以降、分立が続き、現在は、最大二大教派の「統合」と「合同」を含めた大小170近くの教団が存在している。

ダビデ張在亨氏が按手礼を受け、総会長を務め、現在も所属している「大韓イエス教長老会合同福音」は、そのひとつである。

この「合同福音」は、自分自身を教界に対して、どのように説明しているのであろうか?

以下は、「韓国世界宣教会」(KWMA)のサイトに「大韓イエス教長老会合同福音」が寄稿して掲載された、教団情報である。
名称 : 大韓イエス教長老会合同福音

住所 : 151-835 ソウル特別市冠岳区奉天7洞1594-7 2階
電話 : 02-877-3846  ファックス : 02-877-3876
ホームページ : www.pckr.org
電子メール : webmaster@pckr.org
創立年月 : 1912年9月  
会員数 : 14,500人
代表者 : キム・サンヨン牧師

設立背景 :

2002年9月11日、「大韓イエス教長老会国際合同福音」の第87会期分立総会において、「大韓イエス教長老会国際合同福音B」として正式分立した後、10月14日に総会組職を定め、2003年1月にCCK(韓国基督教総連合会)実行委員会による分立承認後、CCK第14次定期総会にて承認を受けた。そして、2月に「国際合同福音B」から「合同福音」と教団名を変更した。

海外宣教 : 中国、東南アジア、中東など世界12地域に、約150余名の宣教師を派遣して、キリストの福音を伝える。

宣教戦略 : 世界宣教方策の研究と開発を進め、宣教現場の開発と地域別宣教団体と現地教会及び世界教会との宣教協力体系を構築する。

主要使役 :

総会による宣教師の人選と派遣、宣教費のサポート管理業務。
宣教現場からの資料と情報の収集、宣教師の地域別宣教方策の開発の支援。
サバティカルイヤー(七年毎の宣教師の休養年)と宣教師の子弟教育など福利厚生。
宣教資料、宣教現場のIT化支援、ホームページネットワーク事業。

世界最大のネットワークである「世界福音同盟」(WEA)に、「EAPC」(Evangelical Assembly of Presbyterian Churches)所属教団として2005年に加盟。全世界の福音派の連合と世界宣教のための情報交流と協力事業を展開している。

オリヴェット大学(OU)が宣教教育と神学教育を担当。オリヴェット神学校(OTCS)はフラー神学校と交流を始め、アジア宣教のための共同協力と、その具体的な事業協力を議論し、進行しようと準備中。

派遣宣教師 : 13地域131人派遣
上記の説明を見ると、教団設立の経緯は、次のようであることが判る。
大韓イエス教長老会国際合同福音
       ↓
大韓イエス教長老会国際合同福音B(2002年分立)
       ↓
大韓イエス教長老会合同福音(2003年名称変更)
それでは、「合同福音」の母体である、もともとの教団、「大韓イエス教長老会国際合同福音」とは、いかなる教団なのか?

これについて、「世界改革長老教会データベース」で調べてみると、「大韓イエス教長老会国際合同I」「大韓イエス教長老会国際合同II」「大韓イエス教長老会国際合同III」の三団体が記載されているが、「国際合同福音」という教団は、見当たらない。しかも、「国際合同」を名乗る三団体については、世界改革長老教会データベースには、「連絡が取れないので、現在も存在しているかどうかは不明である」と記されている。

さらに奇妙なことに、「大韓イエス教長老会合同福音」と同一名称の団体がデータベースに記載されているが、その成立経緯の説明を読むと、「ダビデ張所属教団」とは明らかに異なることが判る。

次の通りである。
大韓イエス教長老会根本(根本)は、ICCC(世界教会協議会に対抗して1948年に設立された、ファンダメンタリストの国際教会協議会)の財政支援を受けて、1967年に「根本」の前総会長ソン・ジェーム牧師が「根本」から分離して、大韓イエス教長老会福音(福音)を創設した。

その直後の1969年に紛争が発展した。1969年に「福音」総会はICCC(国際教会協議会)から派遣されたウェストミンスター聖書宣教会のロバート・S・ラップ宣教師を受け入れ、ラップは「福音」の保守的な聖職候補生を牧師に養成する神学校の責任を負った。この神学校の運営をめぐり、ICCC韓国代表マ・ドゥウォン牧師とラップの間に不和が生じ、その結果、ICCC はラップを罷免するに至った。しかし、ラップは「福音」に引き続き残ったので、マ・ドゥウォン牧師を支持するグループが「福音」から分離して、大韓イエス教長老会法統(法統)を設立した。

1977年に「福音」はさらに分裂し、大韓イエス教長老会長神(長神)が設立された。 これ以降、「福音」は勢力のほとんどを失い、新総会長キム・ドンヒュクの決断により、ジュンアン独立中会(キム・サン牧師)とジョントン独立中会(ユン・スンドゥク牧師)と合同し、1983年に大韓イエス教長老会合同福音(合同福音)を名乗った。
これに対して、「ダビデ張所属教団」 については、「国際合同福音から国際合同福音Bが分立し、2003年のCCKへの加盟承認後、名称を合同福音に変更した」と、教団自身が説明していたのであった。

それゆえ、現在、韓国には「合同福音」を名乗る「別系統の教団」が二つ、存在している、と観なければならないことになる。

すなわち、1983年成立の「大韓イエス教長老会合同福音I」と、ダビデ張在亨氏の「大韓イエス教長老会合同福音II」である。

この観点については、後日、韓国の改革長老教会の適切な関係者が、世界改革長老教会データベースについて、意見の表明を行うべきであろう。

ダビデ張在亨氏の「合同福音」については、そのサイトのアドレスがwww.pckr.orgと教団自身により紹介されているが、そのドメインを調べると、あの「世界長老教会」(WAPC)のサーバーの管理下にあることが判る。
Non-authoritative answer:
Name: pckr.org
Address: 222.122.226.213

Non-authoritative answer:
pckr.org preference = 10, mail exchanger = mail.pckr.org

Authoritative answers can be found from:
pckr.org nameserver = ns.wa-pc.org
mail.pckr.org internet address = 222.122.226.235

そこで、ns.wa-pc.orgを調べてみると、例の「サンフランシスコ市ハワード街361番地」(ダビデアン諸団体の登記住所)と「ブロンクス市エイドリアン街49番地」(クリスチャントゥデイの登記住所)にまたもや遭遇するのである。
Domain ID:D103415965-LROR
Domain Name:WA-PC.ORG
Created On:05-Dec-2003 23:02:32 UTC
Last Updated On:04-Dec-2007 02:02:33 UTC
Expiration Date:05-Dec-2008 23:02:32 UTC
Sponsoring Registrar:TLDs L.L.C. d/b/a SRSPlus (R78-LROR)
Status:CLIENT TRANSFER PROHIBITED
Registrant ID:3626368-SRSPLUS
Registrant Name:Tony Lin
Registrant Organization:The World Assembly of Pr
Registrant Street1:49 Adrian Ave.
Registrant City:Bronx
Registrant State/Province:NY
Registrant Postal Code:10463
Registrant Country:US
Registrant Phone:+1.9175093695
Registrant Email:tonylin@hotmail.com
Admin ID:3626368-SRSPLUS
Admin Name:Tony Lin
Admin Organization:The World Assembly of Pr
Admin Street1:49 Adrian Ave.
Admin City:Bronx
Admin State/Province:NY
Admin Postal Code:10463
Admin Country:US
Admin Phone:+1.9175093695
Admin Email:tonylin@hotmail.com
Tech ID:251979-O-SRSPLUS
Tech Name:Verecom Technologies
Tech Organization:Verecom Technologies
Tech Street1:631 Howard
Tech City:San Francisco
Tech State/Province:CA
Tech Postal Code:94105
Tech Country:US
Tech Phone:+1.4159789569
Tech Email:webma@verecom.com
Name Server:NS.WA-PC.ORG
Name Server:NS1.WA-PC.ORG



ダビデ張在亨氏の履歴

以下は、ダビデ張在亨氏が、自分の教団「大韓イエス教長老会国際合同福音B」をCCK(韓国基督教総連合会)に分立加盟申請した際に提出した、2002年12月17日付の「履歴書」である。分立加盟承認後、この教団は「大韓イエス教長老会合同福音」に名称変更した。



以下は、上記履歴書の内容である。
大韓イエス教長老会総会(①国際 ③合同 ②福音B)
郵便番号156-827 ソウル特別市銅雀区舎堂1洞1051-44(2階)
電話02(581)3846 ファックス02(581)3849

履歴書

姓名:張在亨
生年月日:1949年10月30日 (住民登録番号:491030-1037311)
住所:ソウル市瑞草区瑞草洞1629番地

学歴および経歴

1979年2月 韓国神学大学神学科 卒業(神学士)
1983年8月 延世大学校行政大学院 卒業(修士)
1990年2月 韓国神学大学神学大学院 卒業(神学修士)
1992年2月 檀国大学校大学院 博士課程卒業(行政学博士)
1992年10月 大韓イエス教長老会ハンドン中会 牧師按手
1998年2月 大韓イエス教長老会総会(国際部)総務
1999年5月 大韓イエス教長老会ハンドン中会 中会長
2000年1月 豪州シドニー・サザンクロスカレッジ教授
2002年4月 ソウル瑞草第一教会 主任牧師
2002年9月 米国フラー神学大宣教神学大学院 博士課程

以上のことは誤りがない

2002年12月17日

張在亨 印
しかし、2004年になると、韓国メディアにおいて、ダビデ張在亨氏の統一教会前歴疑惑が露呈した。上記履歴書には「以上のことは誤りがない」として署名捺印されていたにもかかわらず、そこに記載されていない過去が存在したのである。(前歴露呈後、張在亨氏は自分の牧師按手年を1992年から1996年に訂正し、さらに、1997年に訂正している)

それは、以下のような履歴であった。
1967年から1971年 建国大学行政学科在学中に大学原理研究会(統一教会)に入信。
1971年から1975年 大学卒業後、慶北道で統一教会の開拓伝道に従事。
1975年2月 ソウルで文鮮明氏司式の合同結婚式に参加(1800双)。
1977年1月 統一教会の「大学巡回伝道団」(CARPの前身)団長に就任し、合宿と献身生活による統一教会の人材育成にあたる。
1982年 文鮮明により「大学巡回伝道団」から抜擢された張在亨ら三人は、別組織「国際基督学生連合会」(ICSA)設立を命じられ、「国際クリスチャン教授協議会」(ICPA)と連携して設立総会を開催し、張在亨は事務局長に就任。設立目的は「教会一致運動」「予言者運動」「キリスト教徒に火をつける」「平和を具現する愛の共同体」。
1985年 張在亨が「鮮文大学設立準備委員会」に加わる。文部省に統一教会系大学の設立申請書を提出するも、認可を得られない状況が続く。この頃、文部大臣が、全国の無認可神学校を整理すると共に、一定規模を満たす教団に神学大学設立を認可する方針を発表。メソジスト系学校法人「聖化学院」が準備期間不足のために大学設立認可を取り消される危機に置かれていたが、「ボリム産業株式会社専務」の立場でそこに入り込んだ張在亨の「陰謀的工作」により、聖化学院を統一教会へ移行させ、統一教会の「成和神学校」の開校にこぎつけた。
1986年3月3日 「成和神学校」開校式が挙行される。
1986年9月 張在亨が「成和神学校」企画室学生担当に就任。
1988年9月1日 「統一神学校」が「成和神学校」と合併。この頃、張在亨が鄭明析のJMS(摂理)から多数の会員を離脱させ、「ホサナ宣教会」を組織する。
1989年 張在亨が「成和神学校」学生部長及び教務課長に就任。神学教授として「神学」と「統一神学」を担当。
1989年6月5日 学校法人「成和学院」を「鮮文学院」に改称。
1991年3月4日 「成和大学」に改編。
1992年 張在亨が長寿陣と名乗って「株式会社セヒャング・シルアップ」を設立。
1992年10月 張在亨が「大韓イエス教長老会合同福音」から、30人の大学生と一緒に牧師按手礼を受け、その際フィリピンの「アジア聖書学院」(ABC)の卒業証書を資格証明のために使用。
1993年12月29日 「成和大学」が「鮮文大学」に改称。
1994年 張在亨が長寿陣と名乗って「ハンビット大学生宣教会」(JFC)を設立し、自身は「鮮文大学」教授でありながら、JFC会員に対して「檀国大学行政学科教授」と偽る。
1994年10月21日 「鮮文大学」が大学院と神学院の設立を認可される。
1994年から1995年 JFC会員にチョコレートの街頭販売をさせる。
1996年 張在亨が鮮文大学を休職。「株式会社セヒャング・シルアップ」がチョコレート自動販売機の販売を全国展開し、JFC会員を共同生活による無賃金労働に従事させる。全国のセヒャング・シルアップの支社を「教会」として登録。消臭芳香剤販売業「J&J」、留学斡旋業「SESI留学センター」、インターネット・プロバイダー「SESI NET」を設立。
1996年7月4日 上海の復旦大学でJFCの伝道活動を開始。
1997年頃 「ハンビット大学生宣教会」(JFC)に対して異端嫌疑がかけられる。
1998年 「ハンビット大学生宣教会」(JFC)の名称を「大学福音宣教会」(CEF)に変更。
1998年1月 張在亨が鮮文大学を退職。
1999年 CEF(旧JFC)の伝道活動により設立された諸教会を合同して「EAPC」(Evangelical Assembly of Presbyterian Churches)を北米で創立。
2000年 CEF(旧JFC)が「アポストロス・キャンパス・ミニストリー」(ACM)と改称し、本部をサンフランシスコに設置。張在亨を開校責任者とするSCCSC(豪サザンクロス神学校ソウル・キャンパス)が「オリヴェット神学校」(OTCS)に改称して、張在亨が創立者兼初代学長に就任。OTCS一期生はイエス青年会とACMの宣教師として派遣。中国CEFが北京に本部を設置。
2001年 EAPCがオンライン新聞「クリスチャンポスト」を創設し「クリスチャントゥデイ」と「クロスマップ」を設立。
2001年 中国CEFが「イエス青年会」(YD)と改称。
2002年5月20日 「株式会社クリスチャントゥデイ」(日本法人)設立。
以上の履歴は、『統一世界』『鮮文大学設立30年史』『メソジスト謝罪文』『月刊現代宗教』『ニュースエンジョイ』『クリスチャンレビュー』『米国クリスチャントゥデイ』及びダビデアン諸団体のサイト記載情報を総合したものである。

2004年に統一教会前歴が露呈した張在亨氏は、当初、自分と統一教会との過去の関わりを全否定していた。しかし、同年6月末に態度を一変して、「自分が若い頃に統一教会の外郭団体に勤務していたことを悔いる」との「悔改めの覚書」を書いて、CCKに提出した。

しかし、この悔改めの内容が「不徹底」であるとして、CCK異端似非対策委員会は「張在亨氏が (1)統一教会の異端性、(2)統一教会からの離脱の経緯、(3)統一教会への反対活動を行う宣言、などを含んだ具体的内容の『悔い改めの広告』を、本人が常任理事を務める『クリスチャントゥデイ』に掲載するなら、張在亨氏の真正性を認めることができる」との決議を2004年8月12日に行った。

しかし、張在亨氏は、これを行っておらず、CCK異端似非対策委員会委員の催三更氏(大韓イエス教長老会統合派牧師)は2006年9月3日にシドニーでの講演で、次のような発言を行った。
「クリスチャントゥデイの設立者、張在亨牧師は、統一教会の文鮮明の司式で合同結婚式を挙げたし、一般大学で統一教会の学生伝道をしたし、統一教会の傘下の成和神学校で講義した人だ」
「張在亨牧師は、自分は統一教会の信者ではなかったと主張し、さらに、1997年以降は統一教会との関係はないと言う。聖徒たちが判断できるように、統一教会から抜けたあかしとして、韓国基督教総連合会が要求するとおり、自分の新聞であるクリスチャントゥデイの紙上に『統一教会とは関係ない』という立場表明を掲載しなければならないはずであるのに、いまだにしていない。本人が鮮やかに表明するまで、待たなければならない」
「張在亨牧師が統一教会で合同結婚式を挙げたこと、その団体で月給を受けて働いたこと、統一教会を異端として批判する文章をクリスチャントゥデイに載せなさいと言ったが、いまだにそれを出せないことが、問題だ」
「韓国でクリスチャントゥデイの記者たちが、とても無礼に何度も私を訪ねて来た。そんなに劣悪な環境の中で献身している点も疑わしいが、問題なのは、『張在亨牧師が1997年以前にも統一教会と関連がなかった』と主張していることだ。少なくとも統一教会に係わった人なら、直接統一教会を批判して、その異端性を明らかにする先頭に立つべきだ。それなら、信頼感を持つことができる」
『月刊現代宗教』2007年7月8月合併号は、次のような記事を掲載した。
張在亨牧師の統一教会関連問題はCCK(韓国基督教総連合会)でも議論され、2005年9月にCCKは、「この問題について1997年以降は張在亨牧師が統一教会と関連している疑惑が見つからない」と簡略に公式的立場を明らかにした。しかし、豪州クリスチャントゥデイの前身といえる「SESI AUSTRALIA PTY. LTD」の設立年度が1996年5月2日と判っており、これは1997年以前のことであるから、説明が必要であると考えられる。CCKはこれと共に、張在亨牧師に詳しく統一教会からの脱退経緯、統一教会の教理の誤謬に対する指摘、統一教会に対する立場を公開で明らかにすることを要求したが、実行したかどうかはいまだに確認されていない。



世界長老教会(WAPC)について

ダビデ張在亨氏は、ダビデアン内部に対しては、自分が「世界長老教会」(World Assembly of Presbyterian Churches)の創立者である、と説明して来ている。

これについては、「k資料メモ3-2」(KM3-2)に、次のように記載されている。
WAPC
・1992.10.30 ダビデ牧師先生がはじめられた
・1996-97に世界にはけん
Kr→CN→Southeast Asia→India
http://wa-pc.org
「WAPC」という正体不明の長老教会は、世界のいかなる改革長老教会からも認知されていない、謎の教団である。



注目すべきは、この教団が、1992年10月30日に始められた、と記されていることである。1992年当時、ダビデ張在亨氏は、現役の統一教会幹部であった。

2002年12月17日付でダビデ張氏は、CCK(韓国基督教総連合会)に対し「履歴書」を提出したことがあったが、それには「1992年10月 大韓イエス教長老会ハンドン中会 牧師按手」と記載されていた。

ところが、2004年に張氏統一教会前歴疑惑が韓国メディアで露呈すると、張氏は一転し「按手年は1996年だった」と訂正し、さらに「按手年は1997年だった」と再訂正した。

二転、三転した張氏の釈明に対して、CCKは「按手年は1997年だった」という線で了解し、これに基づいて「張在亨氏は1997年以降に統一教会と関係があった形跡がない」との声明文を発行した。これは、張氏が1997年以前において統一教会と関係があった、という意味である。

つまり、1992年10月30日にはじめられた「WAPC」という教団は、張在亨氏が現役の統一教会幹部の立場で設立した教団、ということになる。

この「WAPC」については、2003年12月26日から28日にかけて、韓国慶州TEMFホテルを会場に「世界長老教会(WAPC)献堂礼拝」が行われており、第一礼拝ではウォーカー・ツェン牧師(クリスチャンポスト前社主兼発行人、オリヴェット大学事務長)が司会をし、第二礼拝では安マルダ牧師(イエス青年会スタート使役者)が祈りをささげ、いずれもダビデ張在亨氏が説教している。



この安マルダ牧師は、聖書講義「時と時期」(K5-1&2)において「2002年に新しいキリストの来臨」「もうすでに来ている」「見つけなければならない」と教授し、さらに、聖書講義「新しいイスラエル」(K5-3)において「来臨のキリストはイエスキリストとは別である」と教授している。これは、「ダビデ張氏が来臨のキリストだと教えられた」とする国内外の脱会者証言を裏付ける証拠資料である。

さらに、この安マルダ牧師は、東京ソフィア教会週報2003年1月19日号に、「イエス青年会のスタート使役者には安マルダ宣教師、菅野真理子伝道師が使役するようになりました」(TSC20030119)と記載されている。

この「イエス青年会」の活動については、脱会者が次のように証言している。
日本にあるACMは韓国人留学生のためであるというのは違う。日本人の学生を対象とする伝道が目的のはずだ。ほとんどの日本人がACM、イエス青年会、日本キリスト教長老教会の宣教活動で勧誘された。
安マルダ氏と共にイエス青年会の責任を担った菅野真理子氏は、株式会社クリスチャントゥデイの監査役であり、一時は株式会社ベレコムの監査役にも就任していたことがある。

現在のイエス青年会の会長は、クリスチャントゥデイ記者でありベレコム取締役でもある矢田喬大氏である。

参考

(1)wa-pc.orgのIPアドレス:64.127.105.173
(2)64.127.105.173のホスト名:apostolos.org
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注記

(A)「世界長老教会」(WAPC)サーバー管理者住所「郵便番号10463 合衆国ニューヨーク州ブロンクス市エイドリアン街49番地」は、「クリスチャントゥデイ」の法人登記住所でもある。代表者は、ウォーカー・ツェンである。



(B)「世界長老教会」(WAPC)技術担当者住所「郵便番号94105 合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ市ハワード街631番地」は、次のダビデアン系諸団体の住所でもある。
(a)中国語メディア「基督日報」(ゴスペルへラルド)法定代理人ジェニー・リーの住所。
(b)学生宣教団体「イエス青年会」(YD)法定代理人ジンターン・トランの住所。
(c)神学大学「オリヴェット大学」の法人登記の住所。
(d)IT企業「ベレコム」の法人登記の住所。

(a)「基督日報」(ゴスペルへラルド)


(b)「イエス青年会」(YD)


(c)「オリヴェット大学」


(d)「ベレコム」



高柳泉牧師について

株式会社クリスチャントゥデイの高柳泉代表取締役は、2006年10月頃に面談した荻窪栄光教会の異端カルト担当主事・黛藤夫氏に対して「私が東京ソフィア教会を開拓したんです。それが2003年の5月です」と説明していた。

しかし、実際には、2003年5月以前から、東京ソフィア教会は存在していたのである。

次は、東京ソフィア教会の週報2003年2月9日号の表紙である。



上記は、高柳氏の帰日以前から東京ソフィア教会が存在し、活動していたことの証拠である。その後、菅野真理子氏はダビデ張在亨氏から牧師按手を受け、また、株式会社クリスチャントゥデイの監査役として重任登記されている。

脱会者は、菅野真理子氏について、こう証言している。

・菅野真理子氏は、北海道の大学を卒業後、ウラジオストックのロシア極東大学に留学中に、韓国人宣教師から伝道を受け、「一対一の聖書の学び」によって自分は生まれ変わった、聖霊のバプテスマを受けた、と証ししていた。菅野氏は、日本人としてACMメンバー第一号であると言われていた。

・谷川健太郎氏と菅野真理子氏は、オリヴェット大学の通信で学び、渡米して、卒業式に出席していた。インターネットの「専用サイト」で、ダビデ張在亨氏が按手礼を施している写真に、菅野真理子氏が写っているのを見たことがある。

・一対一の聖書の学びは、牧師がパソコンで「専用サイト」を開いて、サイト上の講義資料を見ながら、また、適宜ホワイトボードを用いながら行われた。牧師が多忙の場合は、「専用サイト」から、谷川健太郎氏や菅野真理子氏の講義の音声ファイルを聞くことによって、その代用とした。

高柳泉氏は、2003年2月にダビデ張在亨氏に伴われて帰日。間もなく安マルダ氏、李錫珍氏、中植至唯氏らと渡韓して、5月17日にダビデ張在亨氏から牧師按手を受けていたことが、東京ソフィア教会週報から判明している。

次に示すのは、牧師按手直後の東京ソフィア教会週報2003年5月18日号である。



上記は、高柳泉氏が、クリスチャントゥデイの代表取締役を務める一方で、東京ソフィア教会牧師をも務めていたことの証拠である。

なお、高柳氏は黛氏に対して「東京ソフィア教会は2004年内に閉じたんです。それがソフィア教会の成り行きです、私が開拓して終わってしまった」と述べていた。しかし、実際には、東京ソフィア教会は、後任の牧師たちに引き継がれて、2005年まで活動していた。その証拠となる週報が残っている。



この東京ソフィア教会では、安マルダ氏が「2000年に新しいキリストが到来する」という異端的な教説を講義していたことが、証拠資料から判っている。以下はその該当部分である。



上記資料は、タイムラインの2002年の箇所に「新しいキリストの来臨」と記され、「もうすでにきている」「見つけなければならない」と教えられている。

これは、次の脱会者証言と符合する。

・ダビデ張在亨氏の御言葉が「永遠の福音」であり、わたしたちの共同体はノアの箱船と同じである。愛の共同体である箱船を造り、当時のユダヤ人の不信によりイエス様の成す事が出来なかった天の御国を地上に造る。それがわたしたちの目標であり、使命である、と教えられた。

・幹事以上のメンバーは皆ダビデ張在亨氏がキリストだと確信していると思う。日本ではまずACMの御言葉が、たとえの福音を全て解き明かした「永遠の福音」であることを確信させ、そして、再臨のキリストは永遠の福音を携えて来られるということを伝える。つまり間接的に確信させようとしているのだと思われる。一度、ダビデ牧師はキリストなのか、それとも再臨されるイエス様の前の道を整える人なのか、と質問したところ、今聞いている御言葉が答えだ、と言われた。

・韓国人の伝道者により、路上で、聖書の勉強に勧誘された。時間があれば聖書の講義に出席した。おもに一対一だった。ほぼ毎日聖書の学びを韓国人宣教師から受けた。数か月後にダビデ張在亨氏が再臨主だと思い、そのことを韓国人宣教師に伝えた。すると、そのことはトップシークレットなので公にしていないし、信者同士むやみに話すことはしていない、と言われた。それを知った日が霊的な誕生日とされた。それから、伝道と使役に携わったが、当時学生だったので、授業の合間に行っていた。数か月後に他の地域での使役に任命された。脱会した理由は、過酷な生活だったこと、集団を守るための嘘をつく機会が多かったこと、借金をしたくなかったこと、などである。

・教団内では、教団内こそが唯一の救いの道と教えられ、教団外の世界を「この世的」として、はっきり区別していた。嘘については、教団を守るために、この世にある程度合わせているふりをする必要があったと思う。ダビデ張在亨氏が再臨主だと世の中に知らせれば、大きな波紋となり、イエス・キリストのように迫害を受けるので、それを防ぐにはどうしても嘘をつかなければならない。ダビデ張在亨氏の講義で、イエス・キリストが当時ユダヤ人に受け容れられずに迫害を受けたのは、イエス・キリストが救い主だと公言してしまったためだと説いている。ダビデ張在亨氏が再臨主だと受け容れるような環境や状況が無い現状では、どうしても嘘をつかなくてはいけないのだと思う。 

・今でもマインドコントロールが続いているのか、ダビデ張在亨氏が再臨主かもしれないと思うことがしばしばある。だからといって、また関わりたいとは思わない。 



高柳泉牧師について

株式会社クリスチャントゥデイの高柳泉代表取締役は、自分の教会履歴について2004年当時、クリスチャントゥデイ会社概要の中で、次のように説明していた。
1979−97年 太田聖書バプテスト教会(能吉雄牧師、日本バプテスト・バイブル・フェローシップ)に在籍。
1998−2003年 単立グレース・コミュニティー教会(Grace Community Church, Sun Valley)を経て、ブレントウッド長老教会(Brentwood Presbyterian Church, Los Angels, PCUSA)に礼拝参加。
2003−現在 聖ヶ丘教会(東京都渋谷区、日本基督教団)に礼拝参加。

ところが、東京ソフィア教会の週報2003年2月9日号には、高柳泉氏が「ロサンゼルス・ピルグリム教会の幹事」として、次のように紹介されていた。



上記資料は、高柳氏が当時ロサンゼルス・ピルグリム教会幹事という立場にあり、「日本代表使役者」に任命されてクリスチャントゥデイの働きを開始したことの証拠である。

このロサンゼルス・ピルグリム教会については、カリフォルニア州の企業法人データベースに、次のように登記されている。



法人代理人として登記されているウォーカー・ツェン氏は、サンフランシスコ・アンテオケ教会牧師、クリスチャンポスト社主兼発行人を経て、現在、オリヴェット大学事務長を務めている人物だ。クリスチャンポストというのは、北米にあるクリスチャントゥデイとゴスペルへラルド(基督日報)の親会社である。

以下は、オリヴェット大学にて、ダビデ張在亨氏の左に立つウォーカー・ツェン氏の写真である。



高柳泉氏は、これまで日本教界に対して、ロサンゼルス・ピルグリム教会幹事であったこと、自分が「日本代表使役者」の立場であること、日本キリスト教長老教会牧師であること等々を隠し、「自分たちに組織的背景は無い」と、嘘の説明をして来た。

自分たちの教団と教会を持ちながら、しかも、牧師であることを隠しながら、日本基督教団聖ヶ丘教会やウェスレアンホーリネス淀橋教会といった「教界重要人士」(重鎮)が牧会する教会に入り込み、対外的には「自分は聖ヶ丘教会の客員です」「淀橋教会の客員です」と説明して来た高柳氏の行為は、実に不審であり不適切と言うほかない。



高柳泉牧師について

株式会社クリスチャントゥデイの高柳泉代表取締役は、2004年当時、日本教界の各方面に対して「自分たちの事業は個人で立ち上げたもので、組織的背景は無く、自分たちは平信徒と求道者である」と説明して回っていた。

ところが、実は彼は、牧師だったのである。

以下の画像は、高柳泉氏が牧師であったことを示す証拠である。

資料は、日本キリスト教長老教会(EAPC)の牧師就任礼拝のプログラムである。

2004年9月28日に、ダビデ張在亨氏を按手礼の執礼者として迎え、開会祈祷を高柳泉牧師、聖書朗読を中植至唯牧師が務めている。この日、7名が牧師按手礼をダビデ張在亨氏から受けた。

そのうち、熊谷和明氏は日本キリスト教長老教会議長。小杉直広氏は中植至唯氏と共に株式会社財経新聞社(IBtimes)取締役。谷川健太郎氏は日本キリスト教長老教会事務局長・東京エフェソ教会牧師。鳥越保弘氏は株式会社ベレコムの代表取締役にそれぞれ就任していることが、教団サイト、週報、法人登記などから判明している。



上記資料は、クリスチャントゥデイ、ベレコム、財経新聞社が、ダビデ張在亨氏を「按手礼の執行者」と位置づける日本キリスト教長老教会(EAPC)の牧師たちによって経営されている企業群であって、一体であると推定する根拠となる。

それはまた、以下の脱会者証言とも符合する。
・チチェ(肢体)が、一対一の聖書の学びを終了し、オリヴェット大学で修士課程を履修し、ACM関連企業に就職すると、「幹事」と呼ばれる立場になることを知った。クリスチャントゥデイやベレコムやACMやイエス青年会など、関連団体で仕事をしている人たちはすべて「幹事」であった。

・幹事だけがパスワードを入力して閲覧できる「専用サイト」がある。これは、ACM、イエス青年会、EAPC、クリスチャントゥデイ、ベレコム、その他もろもろの関連団体をすべて統合したサイトで、世界各国語版が用意されている。チチェは、幹事と一緒なら、「専用サイト」を閲覧することが許される。

・東京エフェソ長老教会に集っている人たちに、「ふだんは何をしているのか」と尋ねると、IT会社「ベレコム」で働いている、と言われた。ベレコムの収益が、クリスチャントゥデイやACMやEAPCなど各団体に配分され、活動資金になっていると説明された。

・東京エフェソ長老教会が賃貸している部屋の表札は「ベレコム」となっていた。おそらく、ベレコム名義で契約しているのだと思った。




鮮文大学設立30年史の抜粋

学校法人聖化学院は、大韓イエス教監理会が神学大学を設立することから、韓国の文部省から1983年3月17日に仮認可を得ることが出来た。しかし、聖化学院は施設が用意されなかったため、その資格を失われそうになった。

そこへダビデ張在亨が登場することになるのだが、統一教会が発行した『鮮文大学設立30年史』には次のように記録されている。以下同書の関係箇所の抜粋である。




「この時、鮮文大学校設立推進委員会で働いていた張在亨氏が、このことを耳にしたすぐ、準備委員長である、尹世元(補注:ユンセワン、統一教会のダミー団体「国際基督者教授アカデミー」会長で、後の鮮文大学総長)の名前で、設立者(文鮮明)に報告をした。」(p.134)

「文鮮明氏の願いを知っていた張在亨氏(後日教授)は、本格的に聖化神学校を買収する作業に取り掛かった。しかし、当時の状態では、天安市三龍洞にある平地でもない山の上に大学校を立てるのは、無理なことに見られたから統一教の中でも懐疑的に見られていた。それで、張在亨氏は、自分の家を売って資金を出した。彼は、本当に鮮文大学校が存在するために大きな貢献をした人である。」(p.134)

「文部省が判断するには、大学校を運用する意志があることを認められるのが当時に与えられた第一の問題であった。しかも、統一教との関連性を隠して全ての事を行う必要があるため、難しさはもっと大きかった。呼応してくれる人も多くないし、また、すべきことも早急であるため、張在亨氏は、自分の私財を出して各種の工事の費用に当てた。」(p.135)

「張在亨氏が文部省から学校設立認可書を受けて、設立準備委員会へ報告しましたし、この良いお知らせを設立者(文鮮明)へ報告された。設立者は、すぐ、鮮文大学校の設立準備委員長である、尹世元教授へ開校のために準備を早く進むように指示を出した。」(p.135)

「張在亨氏がほとんど一人で主な業務を責任を持って行っている状態の中で、尹世元教授を始め、少数の群れが天軍万馬のように多くの助けになる同労者となった。」(p.136)

「1986年1月28日 初代学長で尹世元博士が専任され、文部省から承認を受けた。(p.139)

「新規教授として・・・・張在亨氏(神学科)・・・・」となった。(p.149)

「1989年 昇進任用教授は、・・・張在亨教授であった。(p.158)

「1989年 学生課長に張在亨氏が任命された。(p.158)



メソジスト謝罪文

以下は、イエス教メソジスト教会(大韓イエス教監理会)のパク監督とメソジスト神学校のシン前校長の名前で1989年12月18日付で発行された「韓国の教会へ捧げる公開謝罪文」と題する文書である。この文書は、「張在亨氏が統一教会核心メンバーであったこと」「聖化神学校を統一教会に売却する工作を行った人物であること」を証しするものである。

公開にあたっては、事前にイエス教メソジスト教会に照会し、「同文書がイエス教メソジスト教会の現在も不変の立場であること」「公開謝罪文であるゆえ日本で公開してかまわないこと」の二点を、確認した。

以下は、この文書の末尾に記された「結論部分」である。

「以上のような経緯を総合判断すると、チェジンバク氏は、計画的に本教団へ浸透しソジンソク氏を採り入れ、ソジンソク氏は、統一教会幹部である張在亨氏により、ジェジンバク氏と共に統一教会で成和神学校を移転する陰謀を終えて、チェジンバク氏はその姿を消しました。そして、ソジンソク氏は、成和大学校の理事長で、張在亨氏は、同大学校の学生処長で、本日に至ることから見ると、統一教会が計画的に聖化神学校を自分たちの手に入れる計画であったと推測できます」

この文書により、「張氏統一教会前歴疑惑」は、ほぼ確証されたと言うことができる。



「韓国の教会へ捧げる公開謝罪文」

統一教会成和大学の問題の真相と本教団の立場を表明しながら



 神様の恵みが韓国の教会と一千万聖徒たちへ充満になることを祈ります。

 本教団と足りない自分の現在の法律に対する無知と経済的な貧困と判断不足により、文鮮明集団の狡猾な奸計によって、本教団の聖化神学校が成和神学校に変わり、最後には成和大学校まで認可されるまでの事について、本教団と私は、神様と韓国教会の前に悔い改めと謝罪しながら、自分と良心の命令に従って、その真相を隠さないで表明します。

 この間、この問題に対して数回に渡って、謝罪文とその真相を表明してきましたが、統一教会の成和大学の政府の認可を受けた現時点では、もっと詳しく正確な真相を明らかにし、文鮮明集団の奸計についてもう一度、警戒心を起こし、他教団と教会指導者が本教団のような被害が、再び起きないことを願いながらこの真相を明らかにすることです。


1.学校設立の背景と進行過程

(1)第5期の共和国(韓国)のはじめの前後に「無認可神学校一体整備」という政策が推進される過程で、韓国教会は1教団1神学校認可を要請するようになり、本教団が申請した聖化神学校が各種学校の仮認可を受けるように成りました。(学力の認定はなし)

(2)本神学校の認可は1982年4月30日に文部省から同年9月30日まで許可規定に合う学校施設を完備し、本認可を受け、その後、学生募集をすることと学校法人を設立することでしたが、規定の中に1億2千万ウォンが預金された神学校名義の預金残高証明が必要でありました。
 当時 理事長 朴ユンファン牧師は牧師としてそのような財力が無かったので、本教団の数人から負債を受け1億2千万ウォンを預金し、必要な書類を添付し学校法人設立許可を間に合わせました。 

(3)その後、本教団からは神学校を設立するため、積極的に募金運動を展開し、私たちの教団と関係を結んだアメリカ改革メソジスト宣教部に資金要求をしましたが、宣教部の事情により、宣教費は来なくなりました。

(4)当時、建築に必要な資金は、約20億ウォン程度でしたが、募金は非常に少なくて法定期間内に施設を準備することはできないため、1次延期申請書を提出し、文部省から1年間(1983.9.30まで)延期してもらいました。

(5)その後、理事長 朴ユヌァン牧師が辞任し、事業家 ミンクァンシク執事が理事長として就任した後、日本から借款を導入し、本神学校の敷地に神学校と病院を共に設立し、病院の収益で学校を運用するようにしたのですが、実現できないまま理事長職を辞任されました。ですので、本教団からは文部省へ2次延期申請書を提出し、1984.9.30まで延期されました。


2.ソジンソク氏(現成和大学理事長)との関係

(1)ソジンソク氏は、チェジンバク牧師から1984年4月頃紹介されました。

(2) チェジンバク牧師は、1982.5.18本教団へ加入し(牧師按手は、ハンドンフン牧師系列から受ける)メソジスト神学校を1979.12月に卒業した人です。

(3)彼は、本教団加入同時「ソンドンク ヘンダンドン118-5」でモクミン教会を開拓し、担任師ながら、「韓国幼児宣教会」を設立し、会長と成り、相当活動的で、献身的な姿を見せ、本教団の教役者から信用されるようになりました。

(4)神学校建築が難しさの中にいる時(2次延期後)チェジンバク氏は、自分から神学校のために献身的に奉仕するということで、学校建築のために積極的に働こうとしていました。

(5)その後、チェジンバク氏が学校建築を助ける良い人としてソジンソク氏を紹介し、ソジンソク氏は、ボリムサンオブ株式会社の代表取締役で、ソウル地方法廷の調停委員の一人で、貿易協会の審査委員でもあり、相当の財力と徳望がある人で義なる事業に関心があるといわれています。

(6)ソ氏は、忠清道出身で、本神学校が苦労をしていることで、自分か学校の建物を建築してあげる代わりに、神学科は本教団が運用し牧会者を養成し、一般学科を増設したら自分が運用し、老年に意味ある事業を共にしたいことでした。本教団では、学校建築と認可が出た後この問題について協議することにし、まずは、学校建築をすることにしました。

(7)その後、ソ氏は、学校法人理事会である大学校教授というバクチャンバル、イキオクの二人を理事に入れてくださるように要求があり、本教団は、合意的に慰問もなく、1984.4.28に受け入れて理事選任をしました。

(8)ソジンソク氏の願いに対してある機関を通して調べてみましたが、疑いの余地が無い良い事業家として信じました。

(9)チェジンバク氏は、ソジンソク氏代理人として送った張在亨氏と(当時、ボリムサンオブ株式会社の専務)共に学校建築を急ぎました。

(10)この後、ソ氏側では学校設立者であるシン牧師だけ理事で残し理事は全員辞任して下さる様に要求したが、本教団は、これを堅く断りました。

(11)ソ氏側は、継続的に本教団で理事交代を要求しながら、変わりに学校建築代金を払うことでした。本教団が応じないので、建築工事を中断し、時間を延ばすことで、心理的な圧迫を加えることで2次延期の満期日に近づいてくる緊張感がつつきました。文部省に3次延期が可能であるかを調べた結果、不可能であることで、学校建築や本認可の取得をあきらめる状態で、挫折感に落ちてしまいました。

(12)理事問題で、ソ氏側は、本教団が時間を流している間、1984年12月初旬、張在亨氏とチェジンバク氏は、本教団に連絡も無く、木を切ったり、土木工事を進めたりしていたので、私たちは現地で居住している他人から電話連絡を受けて知りました。(その後、土木工事、建築工事、委任契約書を作って来ました。)

(13)それで、一方では土木工事をしながら、組立式仮建物200坪を建築したのですが、墳墓13個が発見されるほか、不発された爆弾や岩盤があり、工事を続けることが出来ないということでした。(チェジンバク氏の手紙から)

(14)その後、任時で建築された仮建物で、文部省へ認可を申請し、文部省関係者が現地検査をした後、1985.1.12本認可申請書を取り戻され、「仮認可効力喪失」という認可取り消し通事が来ました。


3.学校法人が移転された過程

(1)本認可を申請が戻されたことや認可取り消し通事は、事実学校設立は、もはや終わったと断念するようになりました。これは、学校法に対してほとんど無知の状況であり、経済的に難しいことからの神経戦で疲れきったからです。雄一の望みであった「仮認可」が取り消しとなってから失望と挫折の中に落ちていました。「仮認可」(1982.4.30)を受け取ってから「認可の取り消し」(1985.1.12)まで3年近い間神学校建築は教団の地上課題で、本教団のすべての資源を投入し、全力を尽くしましたが、その結果は、泡のようになり、羞恥心が襲いました。

(2)私たちは、静かに学校法人を解散しようと調べて見ましたが、これも、簡単な問題ではありませんでした。それは、法人に属した財産は、文部省を通してある機関へ献納しなくてはいけないということでした。学校の敷地はあるものですので、献納するとしても、教会のメンバーたちの債務で預金した1億2千万ウォンとソ氏側が始工した土木工事や仮建物代金を支払う道が無かったのです。

(3)また、ソ氏側は、工事費を支払うように督促しながら、告訴すると脅迫することでした。

(4)その中で、ソジンソク氏は、チェジンバク氏を通して、学校法人理事長を自分に渡してくれれば、学校敷地代金として2億4千万ウォンを支払うと提案してきました。

(5)本教団委員や総会実行委員会、神学校運用理事の連続会議で、対策を熟議した後、本教団では、これ以上学校建築する能力が無く、その可能性も見えないことと、ソジンソク氏が堅実な事業家であることを信頼し、学校仮認可が取り消された法人自体は、無意味であることで判断され、ソジンソク氏の提案を受け取ることとなり、1985.6.4に、理事長職を渡し、同年7月20日敷地代金2億4千万ウォンを受け取り、公金として処理し、本人の(シン牧師)理事職を辞任してしまいました。


4.統一教会の計謀と文教当方の共謀の疑惑

(1)学校法人が移行される過程でソジンソク氏を本教団に紹介したチェジンバク氏は、その後、その姿を消しました。成和大学の認可問題で、彼に疑惑が起き、彼の居住場所を探問した結果、彼の居住地をその間、10回以上移り、特に、家族と居住を別にすることも発見され、意図的に逃避していると思われました。

(2)ソジンソク氏の代理人として、今まですべてのことを前に立って行った張在亨氏は、統一教会の核心信徒で、統一教会学院団体の、「国際基督学生連合会」の事務局長になり(82.3-84.12)成和学院の事務局長にも(85.11-86.2)成りました。成和神学校の企画室長(87.3-87.5)、そして、成和大学学生処長(現在)であることが明らかになりました。

(3)本教団は、1986.3に日間新聞で、成和神学校学生募集広告が報道され、驚愕を隠せないで、すぐ、文部省長官へ抗議書を送ったことがあります。

(4)これに対して文教当方は、1986.9.8に返信した中で、85.1.12認可申請書を伴侶し、85.2.25にもう一度認可申請書を申し込み、次のように報道しました。(85.5.3の資料)
・ 86.3.1. 開校に必要な施設を完備し
・ 85.10.30.まで学校設立の認可の申請書を提出する。
それで、成和学院は、施設を完備し、申請書を提出したので、文部省は、85.12.27.に設立認可をしたということでした。

(5)この返信によりますと、85.2.25に本教団では、文部省に設立認可の申請書を提出した事がなく、また、文部省から開校に必要な施設指示を受けたことがありません。

(6)チェジンバク氏は、チョナンに学校敷地の土木工事申請など、色々提出する書類に学校直印と印章が必要でありますから、距離上頻繁に来ることが難しいので、印章を借りるように要請したので、数日使用した後、戻したことがあります。

(7)本教団で、保管していた、神学校の理事会録を始め、数枚の書類が無くなった事実を1988年1月ごろ発見され、管轄の交番へ申告したことがあります。

終わりに

 本教団の聖化神学校を統一教会成和神学校に変形し、認可されたのは、文部省当方関係者の錯誤であるか、意図的な共謀行為であるとしかありません。もし、錯誤であれば、今でも現状復帰しなくてはいけませんし、意図的な共謀であれば、担当者を厳重に問責すべきであります。

 さらに、正当でない方法で認可された成和神学校—成和大学校をその認可が取り消されることが正しいことであります。

 以上のような経緯を総合判断すると、チェジンバク氏は、計画的に本教団へ浸透しソジンソク氏(イジェソク氏と同行人)を採り入れ、ソジンソク氏は、統一教会幹部である張在亨氏により、ジェジンバク氏と共に統一教会で成和神学校を移転する陰謀を終えて、チェジンバク氏はその姿を消しました。そして、ソジンソク氏は、成和大学校の理事長で、張在亨氏は、同大学校の学生処長で、本日に至ることから見ると、統一教会が計画的に聖化神学校を自分たちの手に入れる計画であったと推測できます。

 本教団は、今弁護人団と相談し、この問題に対して法的な判決に任せる予定です。今、全国教会は本教団の監督が不十分であったことと法律的な常識に未熟であることから統一教会から利用された事実に対して寛大な赦しを求めます。韓国の教会が一致団結して、文鮮明集団と戦うことに先頭に立つことを表明します。

以上

1989.12.18

イエス教大韓メソジスト会 監督 パクウソン
メソジスト神学校 前校長 シンシンムク




以下は、上記「公開謝罪文」の要旨をまとめたものである。
大韓民国政府は、全国の無認可神学校を整理して、一教団に一神学校のみ認める決定をした。

これに対し、大韓イエス教監理会(イエス・メソジスト)教団は、文部省に「仮認可申請」を提出して、「聖化神学校」の建設計画を立案し、保証金1億2千万ウォンと敷地を用意した。

当初、募金と借金で病院と神学校を建設し、病院経営の収益を借金返済に充てる予定であったが、計画は頓挫した。

そこで、同教団モクミン教会のチェジンバク牧師の紹介で支援を申し出たボリムサンオブ株式会社代表取締役のソジンソク氏が、(1)自分が費用を出して神学校の建物を建設すること、(2)一般科と神学科を併設し、自分が一般科を経営し、教団が神学科を経営すること、(3)バクチャンバル氏とイキオク氏を学校法人理事会に加えること、を提案した。

教団は上記提案を了承し、ソジンソク氏代理人であるボリムサンオブ株式会社専務の張在亨氏が、神学校の建設に着手した。

ところが、ソジンソク氏は、バクチャンバル氏とイキオク氏を除く学校法人理事会の全員に辞任を求め、かつ、建設代金を支払うよう要求し、支払わなければ告訴すると脅迫して、工事を中断した。

神学校の建設が「仮認可申請」の期限内に間に合わずに「認可取消」となった場合、教団は保証金と敷地を公的機関に納付し、かつ、募金を返済しなければならなかったため、窮地に追い込まれた。

この時、ソジンソク氏は、「学校法人理事長を自分に渡してくれれば、敷地を2億4千万ウォンで買う」と提案して来た。

1985年1月12日に文部省から「認可取消」が通知されたので、教団は同年6月4日に学校法人理事長の職をソジンソク氏に渡し、同年7月20日に敷地を2億4千ウォンで売却した。

ところが1986年3月に、日刊新聞に「成和神学校生徒募集広告」が掲載されたので、驚愕した教団が文部省に抗議書を送付すると、文部省からは、1985年2月25日付で教団から再度認可申請があり、許可条件となる建物が整ったため、同年12月27日付で設立を許可した、との返答があった。しかし、教団には、1985年2月25日に文部省に認可申請を行った事実がない。教団は、土木工事申請等に必要な公印をチェジンバク牧師に預けていたことがあったが、敷地売却後、チェジンバク牧師は姿を消した。その後、ソジンソク氏は、成和大学の学長となり、張在亨氏は成和大学の事務局長、企画室長、学生処長となった。1988年には、学校法人理事会の議事録が盗まれていることが判明し、教団は警察に盗難届を提出した。

教団は、韓国教界に対する説明責任を果たすため、1989年12月18日付で、監督名及び前校長名にて「公開謝罪文」を発行し、その結論部分で、次のように述べている。

「以上のような経緯を総合判断すると、チェジンバク氏は、計画的に本教団へ浸透し、ソジンソク氏を採り入れ、ソジンソク氏は、統一教会幹部である張在亨氏により、チェジンバク氏と共に統一教会に成和神学校を移転する陰謀を終えて、チェジンバク氏はその姿を消した。そして、ソジンソク氏は、成和大学校の理事長、張在亨氏は同大学校の学生処長で、今日に至ることから見ると、統一教会が計画的に聖化神学校を自分たちの手に入れる計画であったと推測できる」




ダビデ張在亨氏の統一教会前歴疑惑

以下は、『News N Joy』が報じた「張牧師統一教会前歴疑惑」の記事を、『米国クリスチャントゥデイ韓国語版』がコメントなしで転載し、それをさらに転載したものである。




張牧師統一教会前歴疑惑
http://christiantoday.us/sub_read.html?uid=3639§ion=section58
http://christiantoday.us/sub_read.html?uid=3732§ion=section58
http://christiantoday.us/sub_read.html?uid=3745§ion=section58


原理研究会を導いた主役

韓国基督教総連合会(代表会長ギルザヨン牧師)の「異端えせ対策委員会」(委員長オ・ソンホァン牧師)が、加盟教団である大韓イエス教長老会合同福音総会長、張在亨牧師(55)の統一教会前歴を調査したという事実が明るみに出て、張牧師をめぐる議論が起きている。張牧師は2003年末、大韓イエス教長老会合同福音の総会長であり、現在韓国で発行されている「クリスチャントゥデイ」の常任理事であり、学生宣教団体「イエス青年会」と「韓国大学福音化宣教会」(CEF)の設立者だ。音楽宣教会「ジュビリーミッション」と青少年文化宣教団「ブレスコリア」も、やはり張氏が作った団体だ。張牧師をめぐる様々な批判の実態を解明するために、「韓国クリスチャントゥデイ」は三回にわたって集中報道する。なお、この企画はオンライン新聞「News N Joy」の報道の転載であることを、あらかじめ明らかにしておく。(クリスチャントゥデイ編集者)


鮮文大学教授、大学巡回伝道団団長、国際基督学生連合会事務局長など統一教会要職歴任
大韓イエス教長老会合同福音総会長、韓国クリスチャントゥデイ常任理事、イエス青年会設立者


公式に現われる張在亨牧師の統一教会前歴は、1975年に始まる。張氏は1975年2月に、ソウルの奨忠体育館で開かれた統一教会の合同結婚式に参加した。いわゆる「1800双」出身である。司式は統一教会の文鮮明教主が行った。統一教会が発行する月刊誌『統一世界』1977年7月号によれば、張牧師は建国大行政学科在学中に原理研究会での活動を始め、卒業後は慶北道に出て統一教会の開拓伝道に従事した。その後、大学原理研究会に戻り、1972年から1977年まで学舎長を務めた。1977年1月には大学巡回伝道団団長に就任するよう「任命」された。以後1977年3月から1979年8月まで、大学巡回伝道団団長を務めた。『統一世界』は、大学巡回伝道団の団員全員が大学卒業生で構成されていたこと、午前中は学舎が自主教育を受け、午後は大学を中心に伝道したことを明らかにしている。また、各大学で原理運動展示会やセミナーを主催し、100名余の学生を週末の修練会に勧誘し、統一教会に入信させたと伝えている。『統一世界』の取材に対して張在亨牧師は、大学巡回伝道団の使命について、「大学巡伝団は民族に先立って大学原理化の主役を担当して行かなければならない」「卒業生や兵役除隊者を教育して、統一教会の第一線に一括して進出させることが重要な使命だ」「大学生を相手に統一原理を伝道している者たちこそ、民族原理化の種子あり核だ」と答えた、と記されている。


大学巡回伝道団は牧師養成コースか?

統一教会への反対運動を進めているパク・ジュンチョル牧師(韓国基督教統一教会対策協議会事務総長)は、大学巡回伝道団の性格を「統一教会牧師養成機関」と規定する。6ヶ月間の教義の学習と伝道を並行して、統一教会牧師を集中養成するコースだというのだ。統一教会から出た資料も、パク・ジュンチョル牧師の主張と類似している。統一教会が1990年に発行した『文鮮明先生古希記念文集11』には、大学巡回伝道団に対して「統一教会の世界的なリーダーを養成する人才養成機関として、原理研究会の正会員である卒業生が入団し、合宿と献身生活を通じて、能率的で効果的な人員管理と体系的な教育プログラムを施して、今日に必要なリーダーを養成し、大学と学舎別活動に機動力に富んだ適切なサポートを提供して伝道活動を行い、原理運動に必要な外部団体との交渉・文化活動・教化用出版物の編集発行を通じて、大学原理運動を支援することが、その設立趣旨である」とある。実際に張在亨牧師以後に大学巡回伝道団団長を務めた四光期氏は、現在『世界日報』社長であり、やはり団長を務めた真性盃氏は、統一教会が経営する鮮文大学の現職の副総長だ。また、『今日の摂理の歴史』は、張在亨牧師を「原理研究会を導いて来た初期の主役」の一人として紹介している。「原理研究会」は現在、文鮮明教主の四男ムン・ヒョンジン氏が会長を務める「ワールドカープ(World CARP)」の前身である。『今日の摂理の歴史』によれば、草創期の原理研究会は、統一教会の本山と言える青坡洞本部教会の隣室を使用したという。原理研究会の性格は、団体の目的を、「本会は統一原理を基本理念にする」と明らかに述べている部分によく現われている。当時の原理研究会は、各地の大学を回って講演会を開いたが、現在統一教会が熱心に活動を広げている「純潔運動」の本部である「韓国青年純潔運動本部」会長を引き受けているギムボングテ氏と、『世界日報』社長を経て、現在統一教会の傘下である金鋼山国際グループの会長職にあるパク・ポヒ氏が、講演会の主要な講師だった。キャンパス周辺に統一教会の会員たちが集団で居住する「学舎」が初めて登場したのは1970年のことである。『統一世界』によれば、張在亨牧師は1972年から1977年1月まで学舎長を勤めたが、『今日の摂理の歴史』には「1976年2月15日付で学舎が統一教会の行政機構に合わせて名称を変え、学舎長はその地位が教役長と同等と認められた」と記述している。教役長は統一教会の「牧師」を指す用語だ。


原理研究会導いた初期の主役

原理研究会と大学巡回伝道団で活動した張牧師は、1982年に「国際基督学生連合会」に舞台を移す。この時の状況について、『今日の摂理の歴史』は、「1982年10月、文鮮明先生の帰国と同時に手沢里迎賓館で全国の学舎長が集まった中で、国際基督学生連合会を独立組織として分離することが命じられ、当時原理研究会の学舎長を務めていたに張在亨、イゼホング、衛星嶺ら三名が国際基督学生連合会に任命され、活動を開始した」と述べている。『文鮮明先生古希記念文集11』は、当時の状況をこう伝えている。「1980年の冬休みに、基督学生招請原理修練会を開催して、1981年夏まで二回にわたって日本訪問を終えたキリスト者学生たちと、原理研究会の張在亨、イゼホング、衛星嶺ら三名の学舎長が、国際基督学生連合会の創立メンバーとなって、発起人会および設立準備委員会を組織し、国際クリスチャン教授協議会と協力して、韓国で国際基督学生連合会(ICSA)を結成することになり、志を共にするキリスト者学生たちの積極的な応答を受け、1981年11月14日にソウルで創立総会を開催した」。

国際基督学生連合会が掲げた創立目的は「教会一致運動」「預言者運動」「キリスト教徒に火を灯す」「平和を具現する愛の共同体」などだった。しかし、内実をよく見れば、文鮮明教主の影響があちこちに出ていた。「イデオロギーの昏迷の中にある大学生に、宇宙的視野を与えるため」に開設したという「理念教室」のプログラムには、「文鮮明先生と統一思想」のテーマが含まれていることが、これを証ししている。国際基督学生連合会が開催した修練会の講師に、鮮文大学総長を務めたユンセワン教授などがいることも、目立つ点だ。張牧師は国際基督学生連合会の事務局長を引き受けて、旺盛に活動を進めた。また、この団体が主軸になって発行した雑誌『主類』の編集人としても活躍した。この雑誌は、「教会の一致と革新」をモットーに創刊したが、一般のキリスト教雑誌に比べて、統一教会の雰囲気が濃厚に漂うことは、否み難い。


国際基督学生連合会創立メンバー

「合同結婚式参加」「原理研究会の草創期の主役」「学舎長」「大学巡回伝道団団長」「国際基督学生連合会事務局長」。以上はすべて、統一教会の資料の中に記載された、張牧師の若い時代の履歴である。張牧師は自分の過去に対して、「統一教会の主要団体で活動したという主張は偽りだ」という趣旨で反論している。しかし、パク・ジュンチョル牧師の考えは、正反対である。張牧師が通過した道は、統一教会の「肉中の肉、骨中の骨」を育てる「エリートコース」だったというのだ。1972年に建国大行政学科を卒業した張在亨牧師は、1979年に韓国神学大学神学科に編入する。履歴書だけで見るならば、1979年を境に、「正統キリスト教」の道に足を踏み入れた、ということになる。


1998年まで鮮文大学教授職を維持
大学要覧に「統一神学」担当教授として記載


「合同結婚式」「原理研究会」「学舎長」「大学巡回伝道団団長」「国際基督学生連合会事務局長」を経て来た張在亨牧師の履歴は、1980年代に入ると、活動の場を成和神学校(現鮮文大学)に移す。「鮮文大学30年史編纂委員会」が2002年4月に発行した『鮮文大学30年史』134ページには、次のような記述がある。「鮮文大学設立準備委員会で働いていた張在亨氏が、消息を耳にして、まっすぐにユンセワン準備委員長の名前で、設立者(編集者注、文鮮明教主を指す?)に報告をした」。

「設立者の念願を理解していた張在亨氏(後日教授)は、本格的に成和神学校を引き受ける作業に入って行った。しかし、当時の状況として、天安市に位置する平地ではない山に大学を作ることは、無理と見られていた。統一教会内部でも、懐疑的な意見があった。そこで、張在亨氏は、自分の家を売って設立基金に加えたりした。張氏は鮮文大学が今日ある最大の功労者だ」。

『鮮文大学30年史』は、張在亨牧師を「設立者の念願を理解して」「自宅を売って設立基金に加えた」「鮮文大学設立の功労者」と記述している。これを見れば、張在亨牧師は、統一教会が運営する鮮文大学を今日あらしめた最大の功労者であるわけだ。

しかし張在亨牧師は、『鮮文大学30年史』の自分に関する記述が、事実とは全然違うという立場を取る。鮮文大学設立準備委員会で働いたことはなく、成和神学校を生かすために努力したこともなく、統一教会のためにしたのでもなく、ただエキュメニカル精神によって運営される学校を建てたいがためだった、という主張だ。


鮮文大学の設立功労者

成和神学校設立初期の関係者であった張在亨牧師は1998年1月に退職するまで、十年以上学校に寝泊まりしながら神学や行政学を教えた。1989年9月から1991年2月までは、学生部長を務めた。30代と40代を成和神学校と鮮文大学で過ごしたことになる。現在鮮文大学で教えられている神学が、統一教会の教理を基盤にしたものであることは、明らかな事実である。『鮮文大学2004年度新入生募集要綱』を見ると、統一神学科卒業生たちの進路を「世界福音伝道に携わる牧師」「各種機関及び企業勤務者」と示している。統一教会のリーダーを育てるコースであるわけだ。

しかし張在亨牧師は、自分が勤めた当時の学校の雰囲気は、今とは違っていた、と主張する。その頃の学校では、統一教会の教理を教えることができる雰囲気ではなかった、というのだ。張氏は、統一教会は正統神学を学んで、社会と調和する必要があるという判断のもとに、福音主義に即した神学を教えた、と主張する。しかし、鮮文大学が発行した各種資料に現われる張在亨牧師の業績は、本人の主張と相反する面が多い。

鮮文大学の前身である成和神学校が発行した『1989年要覧』を見ると、張在亨牧師の専攻は「神学」で、担当科目は「組職神学」および「統一神学」と表記されている。また、学生部長に就任していることも書かれている。学科紹介文には、統一教会でよく使う用語が目立つ。1989年当時、成和神学校には神学科、海外宣教学科、社会福祉学科があったが、共通の教養必須科目として「統一思想」を履修しなければならなかった。『要覧』に記載された「統一思想」に関する科目概要には、「統一思想は、文鮮明先生が提示した統一主体に即した思想として、歴史上提示されて来た諸般の思想の未整備な点を根本的に解決し、一貫性ある思想の統一体系を試みようとするものである」という説明が付されている。

当時の教授陣も、統一教会と密接な関係を持つ人が大多数だった。校長は後に鮮文大学総長を務めたユンセワン教授であったし、成和神学校が発足する前に統一教会が自主的に運営した「統一神学校」の校長だった李氏は「チャペル及び教役長」を担当した。梨花女子大学教授の職を捨てて統一教会に移った金嶺雲教授は、統一神学を担当した。この『要覧』によれば、張在亨牧師は組職神学、現代神学、統一神学を担当したが、統一神学については、「統一原理を、組職神学の体系の中で整理して、原理の詳細内容と既存神学科の関係を含めた、文鮮明先生の独創的な啓示の世界の神学化を目指す学問分野である」と説明されている。


張牧師は「統一神学」を教えたのか?

成和神学校から成和大学へ、さらに鮮文大学へと変わる過程で、神学科は何回か姿を変えた。1986年から1990年までは、神学科と海外宣教学科が存在したし、1991年からの四年間は、神学科が閉科されて、海外宣教学科だけが残った。以後、1994年3月の鮮文大学開設まで、かたちを変えながら、1994年9月に「統一神学科」が新設されるに至る。現在は、統一神学部の中に三つの詳細専攻がある。張在亨牧師は、神学科が閉科された事実を挙げて、当時の学校の教育内容に対する文部省とキリスト教界の監視が、それほど厳しかった、と強調する。

しかし、海外宣教学科だけが残っていた1991年に、「成和大学神学部」が発行した「実践神学資料集」を見ると、文鮮明教主の影響力が相変らず相当だったとことがわかる。「牧会現場で直面する問題を、アカデミックな方法で解決して研究するため」に作ったという「資料集」のリストのうち、かなりの数が文鮮明教主の講演であるからだ。また、鮮文大学が1998年に発行した『単科大学要覧』を見ると、神学科が閉科された四年間も、統一教会と係わる科目が教科過程表に相変らず存在していた。△統一思想 △原理通読 △統一教会史 △統一神学 △原理研究及び演習 △統一倫理学 △聖書と原理、などの科目がそれだ。やはり神学科がなかった1994年に発行された「成和大学広報パンフレット」にも「設立者の講和」という題目で、文鮮明教主夫婦の写真と記念の辞が掲載されている。

1995年に「統一神学科」が導入されると、鮮文大学は露骨に統一教会の教理を講義し始めた。教科にも、統一神学関連の科目が大幅に強化された。鮮文大学神学大学新入生オリエンテーションのために1999年に発行された資料集を見ると、文鮮明教主に対して「真の父母」という呼称を使っていることがわかる。ギムジンツン宣教学部学長は「最高のレベルの教えとは、神様と真の父母による、摂理に関する教えである」と説明している。


ますます強化される統一教会の影響力

張在亨牧師は、1995年まで鮮文大学に在職していたが、1996年に休職して、1998年1月に退職する。この二年の空白の間に、張在亨氏は牧師按手を受けたという。彼の主張どおりなら、鮮文大学の教授職を維持していた1997年6月に牧師按手を受けたことになるわけだ。張牧師は、この部分に対して、退職金の問題が解決されていなくて、休職状態にあった、と明らかにした。問題の核心は、張在亨牧師が鮮文大学と関係を結んでいた1980年代中盤から1998年1月までの行績を、どのように見るか、ということである。張牧師は、自分が大学にいた目的は、統一教会の信者に正統神学を教えることだった、と明らかにしたことがある。また、異端に惑わされた多くの人々を救出した、という点も強調した。

しかし、鮮文大学が発行した各種資料と、張牧師の主張の間に横たわる溝は相変らず埋まらない。退職金を受け取る目的があったと言うが、鮮文大学教授の職を維持した状態のままで牧師按手を受けることが、果して適切な行動なのか、という疑問が残る。


「関係ない」から一転して「懺悔」へ、態度急変
牧師按手年度と教団名が不明


大韓イエス教長老会合同福音の総会長に就任した張在亨牧師が、2003年に韓国基督教総連合会に提出した履歴書を見ると、牧師按手を受けた時期が1992年10月と書かれている。

履歴書には、張牧師がどの教団から按手を受けたのか、表記されていない。「大韓イエス教長老会合同福音所属」と記されているだけだ。もし履歴書に書かれたように、張牧師が1992年10月に牧師按手を受けていたとしたら、重大な問題が発生する。大韓イエス教長老会合同福音は、現職の鮮文大学教授に牧師按手を与えたことになってしまうからである。

しかし、張牧師は、履歴書に記載した牧師按手年度が、事実と違うということを主張しだした。1996年に大韓イエス教長老会合同福音のチャンソンホ牧師から、牧師按手を受けたというのだ。ところが、その後それも間違いだとし、牧師按手は1997年6月9日だった、と訂正した。

張在亨牧師は、これほどの間違いに対して、「履歴書を書く過程で生じた、ちょっとした間違いだった」と釈明している。

しかし、「上記内容に相違ないことを認める」という一文に自分の捺印をして作成した「履歴書」の内容において、牧師按手年という、最も重要な記載事項に、事実と五年以上差があったというのは、とても簡単には納得出来ないことである。

牧師按手の年度のほかに、いったい誰が張在亨牧師に按手を授けたのかも、疑惑に満ちている。

張在亨牧師は、1997年にチャンソンホ牧師から按手を受けたと言うが、この問題に対するチャンソンホ牧師と教団関係者の陳述が、不明瞭である。チャンソンホ牧師は、某教団新聞の記者とのインタビューの中で、「張在亨牧師に按手を与えた事実は全然ない」と力強く否認した。チャンソンホ牧師が張在亨牧師に初めて会った当時、張在亨はすでに教団の重鎭だったから、彼に牧師按手を与えることなどありえない、というのだ。

匿名で取材に答えた教団の幹部も、やはり張在亨牧師が教団に入って来る時から、すでに牧師だった、と主張した。この幹部は、「牧師が牧師に按手を与えることなど、ありえるわけがない」と述べたが、張在亨牧師とそのグループを海外に宣教師として派遣したことはある、と付け加えた。

この問題に対して、張在亨牧師の立場は、はっきりしている。「1997年にチャンソンホ牧師から按手を受けたことは明らかだ」と言うのだ。張在亨牧師はこれを立証する証拠として、チャンソンホ牧師と張在亨牧師が一緒に撮った写真を見せてくれた。彼はこの写真を「牧師按手式で撮影したものだ」と主張した。按手を受けた証明書もあると言ったが、これは公開しなかった。

チャンソンホ牧師は現在、按手問題に対して、以前の自分の証言を完全に変えている。「年が過ぎていたため、按手を与えなかったと勘違いしてしまった」というのが、チャンソンホ牧師の最近の主張である。チャンソンホ牧師は記者との電話で、「張在亨に牧師按手を与えたことを証明する」という確認書を、韓国基督教総連合会に送付したことを明らかにした。

しかし、チャンソンホ牧師の主張には、釈然としない点が多い。まず、いくら年が過ぎていたとは言え、自分が牧師按手を授けた人を忘れるというようなことが、果たしてあり得るのか、という疑問である。チャンソンホ牧師は今年で67歳である(2004年当時)。また、某教団新聞の記者とのインタビューの席で、ある種の資料まで渡して、「張在亨に按手をしたことはない」と主張した人が、今になって「錯覚だった」と言うのは、まったく理解ができない。


牧師按手をめぐる疑惑

張在亨牧師が、韓国基督教総連合会に加入する過程で、統一教会前歴について全く口をつぐんでいたことも、問題として指摘されている。張在亨牧師は、大韓イエス教長老会合同福音への加入過程で、徹底的な検証を受けたから、韓国基督教総連合会に加入する際に、改めて申し出る必要を感じることができなかった、と主張している。韓国基督教総連合会の不始末な加入手続きも、批判の対象となっている。韓国基督教総連合会は、自らを62の教団が加入する連合体として自慢している。しかし彼らの主張のように「韓国教会を代表する連合機関」となるために、加入手続きを簡単にしてしまい、この「勢力拡張」の姿勢が、教団の乱入をもたらしているのではないか、という批判を受けている。韓国基督教総連合会の加盟教団になるためには、新規加入申し込みをするか、あるいは、加盟教団が分裂あるいは分立しなければならない。加入審査条件は、教団の規模に集中されている。△教団設立5年以上 △5個中会以上 △100教会以上 △会員数7000人以上が条件の全部である。教団の神学や異端性を判別する基準は、全くないと言える。今年1月から「異端えせ対策委員会」の調査が行われるようになって、制度が変わったことが、せめてもの幸いである。

分裂あるいは分立を通じて加盟教団になる場合には、審査基準はずっと緩和される。分裂の場合、「事故調査委員会」の調査を経た後に加入が許諾され、分立する場合にも、厳格な調査が不足している。張在亨牧師が総会長である大韓イエス教長老会合同福音は、チャンソンホ牧師が総会長を務める大韓イエス教長老会国際合同福音から2003年1月に分立加入した。張在亨牧師は2003年末に、専任総会長、権ダウィッド牧師の後を引き継いで総会長に上がった。


韓国基督教総連合会の不始末な加入手続き

張在亨牧師は6月28日に、韓国基督教総連合会に「覚書」を提出した。オ・ソンホァン牧師、崔三更牧師、シムヤンシック長老の三人で構成された調査委員会が、張在亨牧師から二度書面回答を受けて、直接調査した挙げ句に出た結果だった。覚書には、若い頃に統一教会の関連団体で働いたことを深く悔い改め、統一教会に対処するために力を傾ける、という決意も表わされているという。表面上は何も問題がないように見える「きれいな」覚書だ。しかし忘れてならないことは、彼の出した覚書が、「統一教会前歴をめぐる不正」→「統一教会前歴に対する態度の変化」→「全面的な悔い改めと懺悔」というプロセスを通して誕生した、ということだ。「過去の事について記事を書いたら、裁判に訴える」と暗に示した彼が、なぜまた「懺悔と悔い改め」という態度に変わったのか、その背景が知りたいと思わざるを得ない。

現在、張在亨牧師に対する韓国基督教総連合会の調査は、おおよそ仕上げがなされた状態だ。大勢の雰囲気は「疑惑解除」であるように見える。しかし、調査委員の間の見解が一致しているわけではない。調査委員の一人は、記者の電話取材に対し、「一教団の指導者が、自分の統一教会前歴を隠した事実は、重大な悔い改めが必要だ」「張在亨牧師の覚書は形式的なきらいがある」と指摘した。


統一教会前歴不正から悔い改めの覚書まで

取材の過程で張在亨牧師に見た姿は、「透明な公開」と言うよりは「隠蔽と言い訳」に近かった。取材が長くなるほど、張在亨牧師の証言に対するバリューは下がって行った。張牧師が設立したという「クリスチャントゥデイ」の記者の態度にも、理解しにくい部分が多かった。法廷への告訴を示唆して、記事化自体を阻もうとする姿は、真実を明らかにするのが使命である新聞記者の本来の姿から、距離があるように見えた。張在亨牧師は単なる一個人ではない。「クリスチャントゥデイ」を設立したし、近年キャンパスで急速に成長している「イエス青年会」「韓国大学福音化宣教会」(CEF)を作って、今日まで大きな影響力を及ぼしている人物だ。音楽宣教会「ジュビリーミッション」や青年文化宣教団「ブレスコリア」は、やはり張在亨牧師と深い関係を結んでいる。これらの団体に属する人々は、お互いに密接な関係を結んでいるし、張在亨牧師を深く尊敬もしている。

記者は、このように多様な活動を広げている張在亨牧師を、全面否定しようとする意図があるわけではない。彼が言うように、異端から抜けた人でも、過去を悔い改めて新しく生まれ変わったならば、いくらでもいろいろな事ができる。しかし、彼を取り囲む疑惑は、相変らずのままである。この記事を通じて申し立てた、さまざまな疑惑が明快に解けた時には、張在亨牧師の働きは、もっと広がりを見せることであろう。




ダビデ張在亨氏の統一教会前歴疑惑の経緯

以下は、オーストラリアの『クリスチャンレビュー』と韓国の『教会と信仰』等に掲載された記事の転載である。




時事評論「韓国クリスチャントゥデイ設立者の統一教会前歴が明らかになる」
http://www.jesustv.com.au/christianreview/news_detail.html?sort=101&seq=96&findValue=

在豪韓国人社会で新しい週刊新聞 『クリスチャントゥデイ』がお目見えして、だいぶ日がたった。在豪韓国人社会への文書伝道を目標とする新聞が誕生したことは、高く評価されるべきだ。シドニーだけでも、200以上の韓国人教会が存在し、オーストラリア全体から見ても、『クリスチャントゥデイ』の創刊は、必要な事だという考えには、異論はない。多額の印刷経費に見合う利益は見込めないことを考えれば、イバラの道が行く手を塞ぐように見えるが、だれかが挑戦しなければならない仕事であるなら、早く始めるにしくはない。


創刊目的が不透明な豪州版『クリスチャントゥデイ』

ところで、新しい新聞が創刊された時、多くの人々が、ここかしこで疑問を口にした。だれが、何の目的で、その新聞を作るのか、ということだ。これまでの経験から見れば、目的や性格が明らかでない信仰誌が、教会の信者にまき散らされ、キリスト者を誤った道に導き入れた事例が、たくさんあったからだ。

しかし、この新しい新聞に対しては、詳細はほとんど知らされず、ただ、『韓国クリスチャントゥデイ』の 豪州版だというだけだった。豪州版を、だれが中心になって、どんな神学的背景で発行しているのか、ということは、明かされなかった。

アメリカでは笑えないハプニングが起きたと言う。 アメリカではすでに、『クリスチャニティー・トゥデイ』という雑誌が発行されていたが、突然『クリスチャントゥデイ』という新聞が韓国から上陸して、韓国人キリスト教会を混乱させる事態となっている。一部には、「クリスチャニティーとクリスチャンが争っている」という声もあったほどだ。韓国の『クリスチャントゥデイ』がどんな種類の新聞なのかを知る者は、少ない。

インターネット版で見つけることができたのは、教界の著名な牧師たちの写真、常任理事の名前、スタッフの名前だけだった。だれが発行人なのか、どんな神学的背景を持っているのかは、分からなかった。もちろん、そんなことを明かそうが、明かすまいが、出版の自由は誰でも享受することができる。しかし、そうこうしているうちに、『豪州版クリスチャントゥデイ』の創刊感謝礼拝の招待状が、創刊号と共に在豪韓国人社会に配布された。

ところが、数日後、おかしな情報が伝わって来た。それは、驚くべき話であった。


韓国基督教総連合会が張在亨牧師を統一教会関連疑惑で調査

すなわち、『韓国版クリスチャントゥデイ』の常任理事である「張在亨牧師」に関する、韓国からの情報である。張氏が、大韓イエス教長老会合同福音の総会長であり、韓国基督教総連合会の会員であるにもかかわらず、韓国基督教総連合会(代表会長ギルザヨン牧師)は、「張氏を統一教会関連疑惑で調査することにした」というのだ。

この事実は『教会と信仰』と『News N Joy』を通じて、具体的に世に知らされ、急速にキリスト教界にも伝えられた。

『News N Joy』に該当の記事を問い合わせた人の数は、2004年6月27日までに、7千4百回を超えた。この記事に対する世間の関心がいかばかり大きいかを示しているといえる。韓国基督教総連合会の異端対策委員会(委員長: オ・ソンホァン牧師)が調査中であるため、控えめな報道をすることしかできないが、すでに報道されたさまざまな事実だけに照らしても、問題の深刻性を認識しなければならない。なおかつ張在亨牧師が、ここ、シドニーで発行する新しい新聞とも、どんな密接な関係があるのか、猜疑心を持たざるを得ない。『豪州版クリスチャントゥデイ』の創刊感謝礼拝の会場に張在亨牧師も参加したというのだから、豪州版クリスチャントゥデイにも、張氏の手が深く関わっている事実を感じる。その日の祝辞を引き受けた「権ダビデ牧師」は、大韓イエス教長老会合同福音の前総会長であり、また、韓国クリスチャントゥデイの現常任理事として登録されている。


張在亨牧師と権ダビデ牧師とは?

権ダビデ牧師は、名の知れたサザンクロス神学大学の韓国語部の学長を務めている。奇妙なことは、張在亨牧師もまた、サザンクロス神学大学の教授になっていることだ。何かしっくりしない感じがする。本紙が確認したところでは、張在亨牧師が、ここ、シドニーへ来て講義をしたのは、もう数年も前のことなのに、たった一度講義をしただけで教授になることができるというのは、どう見ても尋常ではない。権ダビデ牧師と張在亨牧師が、いかに親しい関係にあるかを、よく示す部分であろうと思われる。

これについては、詳細を確認するために、権ダビデ牧師に質問書を送付し、返事を待っているところである。現在、権ダビデ牧師は、海外出張中とのことだ。





韓国基督教総連合会の公文書を拡大解釈したクリスチャントゥデイ豪州版を批判する
クリスチャントゥデイ豪州版、本紙に対し恐喝、脅迫も躊躇せず

http://www.jesustv.net.au/christianreview/news_detail.html?sort=101&seq=122&findValue=

2004年7月16日付『クリスチャントゥデイ豪州版』に対して、韓国オンライン新聞『News N Joy』は、「韓国基督教総連合会の公文書を拡大解釈している」と題して、批判記事を掲載した。

2004年7月21日付『News N Joy』は、「クリスチャントゥデイ豪州版、韓国基督教総連合会の公文書を拡大解釈」と題する批判記事を報道し、 キリスト教新聞という特殊さにもかかわらず、単一記事としてヒット数が一千回を越す世間の話題となっている。

本誌『クリスチャンレビュー』7月号は、「クリスチャントゥデイ常任理事、張在亨牧師の統一教会関連疑惑が申し立てられ、韓国基督教総連合会が調査中」との報道を行った。これは、韓国キリスト教界に広く知られた事実であったし、『News N Joy』も3回にわたって集中的に報道した。

ところが、張在亨牧師の統一教会関連疑惑を調査した韓国基督教総連合会(代表会長ギルザヨン牧師)の「異端えせ対策委員会」(委員長オ・ソンホァン牧師)が、張在亨牧師が総会長を務める「大韓イエス教長老会合同福音総会」の要請を受けて送付した公文書を見ると、「張在亨牧師は1997年以後において統一教会と関係を持った形跡が全くないことが確認された」と通知されていると言う。『クリスチャントゥデイ豪州版』は、この公文書を根拠に、ただちに「張在亨博士は統一教会と、いかなる関係もない」と主張し始めた。

これに対し、『News N Joy』は、取材結果にもとづき、「クリスチャントゥデイ豪州版は、張在亨牧師に対する言及において、公文書の内容を拡大解釈している。公文書送付の手続きも誤っている」と指摘する記事を掲載した。

『News N Joy』の指摘は二点に要約できる。

第一点。「クリスチャントゥデイ豪州版は、韓国基督教総連合会の公文書を拡大解釈して、混乱をもたらした」。

『クリスチャントゥデイ豪州版』は、7月16日付社告で、「張在亨博士の異端集団(統一教会) 関連問題は、韓国キリスト教界を代表する韓国基督教総連合会の異端えせ対策委員会による調査の結果、2004年7月6日付の公文書をもって、疑惑がないことが解明された。また、張氏から、統一教会と全く関係がない旨を確認する文書が本社に伝えられた。本クリスチャントゥデイは、統一教会と全く関係がないことは明白である」との声明を述べて、疑惑を全面否定した。

ところが、韓国基督教総連合会の公文書の内容には、そんな意味などはなく、ただ「1997年以後において統一教会と関連がない」と指摘しただけであって、それ以前の張在亨牧師と統一教会との関係に対しては、具体的事実を明らかにしなかっただけであり、 「張在亨牧師は統一教会と全然関係がなかった」という意味には、けっしてならないのだ。『クリスチャントゥデイ豪州版』は、公文書の内容を拡大解釈している、と指摘されるゆえんがここにある。ところが『クリスチャントゥデイ豪州版』は、「張在亨牧師は統一教会とは何ら関係がないのに、商業主義に走る一部のゴシップ新聞から被害を受けている」と伝えている。

しかし、正確に言えば、張在亨牧師は統一教会と関係がないのではなく、実際関係を持っていたのであり、しかも関係があった事実に対して「懺悔」と「悔い改め」をなす趣旨の覚書を、韓国基督教総連合会に提出していたのである。この事実を知れば、『クリスチャントゥデイ豪州版』の表現は拡大解釈どころから、もう一歩進んで、歪曲解釈であることがわかる。いっそのこと、「一時は関係したが、今は完全に悔い改めている。過去の問題に対しては謝罪する。今後は統一教会との関係を完全に清算することに、忠誠を尽くす」とするのが、正確な表現なのではないか?

『News N Joy』が指摘する第二点は、「韓国基督教総連合会の異端えせ対策委員会が出した公文書は、適法な手続きを経ないものだったこと」。

すなわち、 張在亨牧師の件は、委員会の中で結論を出すことができなかった問題であり、役員会を経ないで、一方的に張在亨牧師に伝達された、という指摘である。異例に急がれた処置を、『News N Joy』は、理解に苦しむ、としている。

それだけでなく、異端えせ対策委員会の委員の一人である崔三更牧師は、「張在亨牧師問題は、委員会で公式な決定が出た事項ではなく、韓国基督教総連合会の役員会もまだ通過していない」と述べ、「このような状況で公文書を送ってしまったことは、間違いだ」と批判したという。異端えせ対策委員会の委員の間に意見の一致が見られない状況で公文書が送付され、役員会の決議も経なかった、と強く抗議している。今後、張在亨牧師の件について、韓国基督教総連合会の役員会が、どう対処するかが注目される。この件でもう一つ付け加えなければならないことは、異端えせ対策委員長であったオ・ソンホァン牧師が、去る7月15日付で委員長を辞任したことである。時期を見ると、7月6日に公文書を送付し、十日後に辞任したことになる。これがただの杞憂で済めば、と願うのみである。

これほど「張在亨牧師統一教会関連疑惑」には、未解決の部分が多いにもかかわらず、『クリスチャントゥデイ豪州版』が「商業主義に走る一部のゴシップ新聞からの被害に対して、断固とした措置を取る」と主張するのは、拡大解釈を通り越して、恐喝や脅迫に聞こえてくる。実は本誌『クリスチャンレビュー』は、この件が明るみに出る前から、「断固とした措置を取る」と、クリスチャントゥデイ関係者から何度もゆすりを受けて来た。去る7月に本誌が出版される直前、クリスチャントゥデイ側が印刷会社を訪ねて来て、「クリスチャンレビューの出版日付はいつか? 何部発行するのか?」と問いただすので、印刷会社は「そんな愚問には一切答えなかった」と、本誌に事実を知らせてくれた。韓国基督教総連合会から、まだどんな情報も受けていなかった去る6月28日にも、クリスチャントゥデイ側は本誌発行人に電話をかけてきて、「韓国基督教総連合会では、何も問題がないことが、明らかにされた。クリスチャントゥデイ常任理事の張在亨氏の記事が報道されれば、肖像権侵害と名誉毀損で告発する」という脅迫を、躊躇せず行った。しかし、韓国基督教総連合会の公文書が出る前に、いったいどんな経路を使ってクリスチャントゥデイはその内容を知るに至ったのか、奇怪な話である。7月に入っても決まっていなかった事を、6月の時点で分かったと言い、しかも、名誉毀損を云々する。そのような圧力をかける電話を執拗にかけてきて、本誌の編集の妨害をされたので、かえって本誌は反発し、対抗するかたちとなった。韓国基督教総連合会は、歴史の審判に対して恥とならない公正な判断を下して、キリスト者たちがこれ以上迷わないようにしなければならない。『クリスチャントゥデイ豪州版』も、脅迫を止めて、おのれの出自を明確にし、これ以上の混乱を与えないようにすべきである。





異端えせ対策委員会、役員会を通過する前に公文書を発送
委員会内部に異論

http://www.jesustv.net.au/christianreview/news_detail.html?sort=101&seq=122&findValue=

統一教会との関連疑惑でキリスト教界に波紋を引き起こした、大韓イエス教長老会合同福音総会長、張在亨牧師に対して調査を行った韓国基督教総連合会の「異端えせ対策委員会」(梨花女子大学長オ・ソンホァン委員長)が、異例の速さで調査を打ち切ろうとした疑惑が浮上している。韓国基督教総連合会の異端えせ対策委員会は、張在亨牧師に対する調査結果が役員会の決定を通過する前に、「張在亨牧師は1997年以後統一教会と関係がない」とする内容の公文書を7月6日付で大韓イエス教長老会合同福音総会に送付したことが、明らかになった。しかし、韓国基督教総連合会の異端えせ対策委員会から委任を受けた「小委員会」は、この問題をめぐって、異端えせ対策委員会と意見を異にし、混乱が予想される。

韓国基督教総連合会の異端えせ対策委員会が大韓イエス教長老会合同福音総会の要請で送付した公文書を見ると、「張在亨総会長が異端(統一教会)に関わったとの疑惑については、1997年以後には統一教会と関係が全くないことを確認した」と記されている。この公文書は、異端えせ対策委員会委員長のオ・ソンホァン牧師と、韓国基督教総連合会のギルザヨン代表会長の名で作成されたもので、張在亨牧師に対する韓国基督教総連合会の公式の立場を示すものと言える。

しかし、この公文書が作成された過程で、さまざまな問題点が現われている。まず、小委員会が調査した内容に対して、韓国基督教総連合会の役員会が何ら決断を下さぬ前に、無判断で公文書が送付されたことが、批判されている。オ・ソンホァン牧師、 シム・ヤンシック長老と一緒に小委員会で活動して、張在亨牧師疑惑を調査した崔三更牧師は、「張在亨牧師問題は、異端えせ対策委員会での公式な決定事項ではなく、韓国基督教総連合会の役員会も通過していない事案」と述べ、「こんな状況で公文書を送ったのは、誤った事だ」と批判した。異端えせ対策委員会の副委員長である陣容式牧師も、やはり「公文書が出た事実は全然知らなかった。張在亨牧師の件に関しては、何も決まった事項がない」と念を押した。

この件に関して、異端えせ対策委員長のオ・ソンホァン牧師の見解を聞くために電話取材を試みたところ、詳細な説明を拒否された。シム・ヤンシック長老は『News N Joy』の電話取材に対し、「大韓イエス教長老会合同福音総会に公文書を送ることは、オ・ソンホァン牧師が決めたし、公文書の内容も分かっていた」と明らかにした。シム・ヤンシック長老は、張在亨牧師に関する疑惑に対し、「慎重に調査した結果、1997年以降問題があるという事を見つけることができなかった」と述べた。

異端えせ対策委員会の中でも、張在亨牧師の問題を捉える視点に著しい違いが生じている。こうした状況の中、今後、韓国基督教総連合会の役員会が、張在亨牧師に対する異端えせ対策委員会の報告にどんな決定を下すか、その帰趨が注目される。





張在亨牧師が結局、統一教会前歴を自認する
韓国基督教総連合会が、張牧師が提出した「悔い改めの自筆覚書」の内容を突然公開

http://www.newsnjoy.co.kr/news/quickViewArticleView.html?idxno=8864

張在亨牧師(大韓イエス教長老会合同総会)が結局自分の統一教会前歴を自認して悔い改めるという立場を明らかにした事実が、韓国キリスト教総連合会(韓基総、代表会長ギルザヨン牧師)異端対策委員会(異端委)の 公式会議で確認された。

これはその間、張牧師が統一教会前歴を強く否認して来た態度を180度変えたことになり、その背景が注目されている。

韓国基督教総連合会異端委員会(委員長代行陣容式牧師)は 8月12日に全体会議を開いて、張牧師が韓国基督教総連合会に提出した「悔い改めの自筆覚書」の内容を公開した。この覚書で張牧師は 「私は若い時代に統一教会関連団体で働いたことがある」と統一教会前歴を自認し、「これを深く悔い改めて懺悔する」ことを明らかにした。

また張牧師はこの覚書で、「万一 (現在)統一教会と関連があるという一抹の事実でも発見された時は、責任を負って韓国教会から下されるどんな措置も受ける」「過去の経験を土台に、統一教会対策のために全力を傾ける」と念を押した。

張牧師は去る6月初めまでは、自分の統一教会前歴疑惑に関する『教会と信仰』などの確認取材に対して、「法的措置を取る」と話して強く否認していた。

同時に、自分が統一教会の中心的人物であったという事実を全面的に否認する一方で、 △統一教会で福音を教えたために追い出された。△統一教会の外郭団体で働いていた。 △統一教会内の人々を救うために入った。などの主張を展開して、自分の統一教会前歴疑惑を一蹴した。

「過去に対して説明する意向はないのか?」という記者の質問に対して、張牧師は 「狂信徒たちが言うようなことだ」と言いながら、過去に対する説明や悔い改めの意思が全然ないことを確かにした事がある。しかし、韓国基督教総連合会が今回公開した資料によると、彼は、これまでの頑強な態度を完全に変えて、6月26日に統一教会前歴を深く悔い改めて懺悔するという要旨の自筆覚書を韓国基督教総連合会に提出した。

しかし、張牧師の 「悔い改めの覚書」の提出にもかかわらず、韓国基督教総連合会異端委員会は、一応慎重な姿勢を見せた。韓国基督教総連合会異端委員会は、この日の会議で、張牧師が、△統一教会の異端性。△統一教会からの離脱の経緯。△統一教会への対策活動の宣明。などを含んだ具体的な内容の「悔い改めの広告」を、自分が常任理事である『クリスチャントゥデイ』に載せるなら、彼の真正性を認めることができる、と決議した

韓国基督教総連合会異端委員会のある関係者は、 「張牧師が悔い改めの覚書を韓国基督教総連合会に提出したが、具体的な悔い改め内容はない」「文鮮明の教団が異端であることを確かにして、統一教会のどの教理が間違っているか、また、どうして統一教会を離脱するようになったかを、広告を通じて具体的に明らかにしなければならない」と語った。韓国基督教総連合会異端委員会は、このような立場を早いうちに張牧師側に伝達する予定だ。





韓国基督教総連合会異端えせ対策委員会、張牧師に「悔い改めの広告」を要求
http://www.sermon66.com/news_print.html?s=index&no=127682

韓国基督教総連合会(CCK)は、統一教会関連疑惑を招いた張在亨牧師(イエス青年会設立者)に対して 「1997年以後に統一教会と関わったとの疑惑を捜すことができなかった」という「異端えせ対策委員会」の報告を受けた。

韓国基督教総連合会異端委員会は2004年 8月12日に、「張在亨牧師が (1)統一教会の異端性、(2)統一教会からの離脱の経緯、(3)統一教会への反対活動を行う宣言、などを含んだ具体的内容の『悔い改めの広告』を、本人が常任理事を務める『クリスチャントゥデイ』に掲載するなら、張牧師の真正性を認めることができる」と決議した。しかし、張牧師は、これを行っていない。





異端専門家 崔三更氏、張牧師に「悔い改めの広告」を再度要求
http://www.jesustv.net.au/news/news_detail.html?sort=&seq=1004

2006年9月3日に『クリスチャンレビュー』創刊200号記念として開催された「オーストラリア異端巡回講演会」で、異端専門家の崔三更牧師(韓国基督教総連合会異端えせ対策委員会委員)は、「クリスチャントゥデイと統一教会関連疑惑」に対する質問に対して、次のように答えた。

「クリスチャントゥデイの設立者、張在亨牧師は、統一教会の文鮮明の司式で合同結婚式を挙げたし、一般大学で統一教会の学生伝道をしたし、統一教会の傘下の成和神学校で講義した人だ」と明らかにした。

崔牧師は「張在亨牧師は、自分は統一教会の信者ではなかったと主張し、さらに、1997年以降は統一教会との関係はないと言う。聖徒たちが判断できるように、統一教会から抜けたあかしとして、韓国基督教総連合会が要求するとおり、自分の新聞であるクリスチャントゥデイの紙上に『統一教会とは関係ない』という立場表明を掲載しなければならないはずであるのに、いまだにしていない。本人が鮮やかに表明するまで、待たなければならない」と明らかにした。

崔牧師は例を挙げ、「ゾンドンソブ教授は、救援派から脱会し、救援派によって監獄まで行って、出て来ても、救援派に敵対して争っているし、陣容式牧師も、安息教に 28年間も在籍してから脱会して、安息教と対立して争っている。それなのに、いまだに張在亨氏は、統一教会に対抗していない」と強調した。

崔牧師は、各地域の牧師セミナーで、韓国教会の主要教団が規定した「問題団体リスト」を通じて、異端の実体を明らかにし、必要な情報と資料はインターネット新聞『教会と信仰』のサイト上に、過去13年間取材して研究した資料と、異端と論争した内容が 五六千件にのぼって蓄積されており、会員に加入して利用するよう勧めた。

一方シドニーの教役者セミナーで崔牧師は、「『異端を批判する自由は、言論の批判の自由よりも、保障されなければならない』という最高裁判所の判例が出たことにより、多くの問題で勝訴できるようになった」と述べた。最後に 「クリスチャントゥデイ問題」に言及した。崔牧師は、「自分は、教会を建てることを願いつつ、悔い改めて帰って来る人は、誰でも受け入れる。それが神様の御心ではないのか」と問いかけ、「張在亨牧師が統一教会で合同結婚式をあげたこと、その団体で月給を受けて働いたこと、統一教会を異端として批判する文章をクリスチャントゥデイに載せなさいと言ったが、いまだにそれを出せないことが、問題だ」と指摘した。

この日の牧師セミナーに参加した『クリスチャントゥデイ』の金恩恵記者は、張在亨牧師の統一教会関連疑惑に対して異議を申し立てた。これに対して崔三更牧師は、「あなたの団体は、ベールに包まれている」と言い、「韓国でクリスチャントゥデイの記者たちが、とても無礼に何度も私を訪ねて来た。そんなに劣悪な環境の中で献身している点も疑わしいが、問題なのは、『張在亨牧師が1997年以前にも統一教会と関連がなかった』と主張していることだ。少なくとも統一教会に係わった人なら、直接統一教会を批判して、その異端性を明らかにする先頭に立つべきだ。それなら、信頼感を持つことができる。そう張在亨氏に伝えなさい」と言って、講演会の質疑応答の時間を締めくくった。




ハンビット大学宣教会の異端嫌疑

以下は、『月刊現代宗教』1997年7月8月号に掲載された、「ハンビット大学宣教会」の異端嫌疑の記事の転載である。ハンビット大学宣教会は、2006年9月現在の「韓国異端団体リスト」第127番として登録されている。http://www.church-heresy.com/html/heresy.htm





ハンビット大学宣教会(一名JFC、代表 長寿陣牧師)
1997年

長寿陣とはだれか? その隠された正体

長氏は、統一教会財団が設立した鮮文大学神学大学で海外宣教学担当教授として在職中であることが確認されたことで、彼が統一教会の核心人物であるという事実を、疑念の余地なく現わした。長氏は、鮮文大学の創立期時代、すなわち、成和神学校が設立された当時の1986年9月から、企画室長学生担当を引き受けて、学校行政の全般的な運営の総責任を負って来たし、同時に、学生たちに神学科行政学を教える教授職まで兼ねて来た。また彼は、建国大行政学科在学時代に、統一教会の学生層浸透団体である「全国大学生原理研究会」(CARP)の学舎長を歴任したし、偽装キリスト教団体である「国際基督学生連合会」(ICSA)の創設メンバーとして活動した人物で、文鮮明が直接司式する合同結婚式を挙げるなど、統一教会内で中枢的な役目を負って来た、いわば骨髄中の骨髄の信者としての面貌を取り揃えている。


嘘をつく道徳的不感症

長氏は、このような事実を現JFC(Jesus Family Center)の所属会員たちに、徹底的に隠して来た。1994年に宣教会を創立した時期に、相変らず長氏は鮮文大学教授として在職中であったにもかかわらず、大学生や青年会員たちには、同じ天安に所在した檀国大学行政学科教授であると、嘘をついていた。 そして、自分が韓国神学大学院、延世神学大学院出身であるという点を先に立たせて、「改革派の正統神学を学んだ極めて正常な牧師」であるという論理でもって、会員たちを安心させた。また、正統から外れた教理や、非常識的な宣教会の運営に対して、疑わしい視線を送る外部の人たちにも、「進歩的な自由主義神学の一面であるだけだ」と反論しながら、神学的な正当性を主張して来た。しかし、改革派の神学校を出たことは、統一教会の宣教のための一つの偽装戦略であるに過ぎないということが、続く偽りの行為を通じて明らかにされている。


不法で虚偽の牧師按手

長氏が受けたという牧師按手も、実際は不法で虚偽の按手だったことがわかってきている。長氏に按手を与えた教団は、大韓イエス教長老会合同福音総会(チャンソンホ総会長)であり、教団関係者たちが瑞草洞宣教会本部まで直接尋ねて来て、長寿陣氏と一緒に宣教会の学生たちにまで集団按手式を行ったが、この学生たちはみな、一般大学に在学中の者や休学中の者、すなわち、神学大学の入口にさえ立ったことのない平凡な会員たちだった。この日に按手を受けた30人余りは、年齢23才以上。自分たちのグループ内で長寿陣氏が教育する段階別の聖書講義を修了した幹事たちで、事実上、宣教会のリーダー全員だ。それでも彼らは書類上、正規の神学過程を終えたことにされていたが、これは長氏のすぐれた偽装の手腕が生んだ作品だった。すなわち長氏は、教団の按手条件を満たすために、フィリピンのアジア聖書学院(Asia Bible College、ABC、長寿陣氏が設立準備中の神学校)の卒業証書を虚偽で操作して発給した。そして株式会社セヒャングの支社に違いないと思われる全国四十数か所のセンターを巧みに教会に偽装して、教団に所属させた。この日に按手を受けたという某幹事(25歳、男)は、「牧師按手式が行われるという通知が来たのは、一週間前だった。長牧師は、うちの中に牧師が多ければ多い程よいと、はなはだしくは女性幹事も按手を受けるようにした。そして、その場で牧師、宣教師、伝道師が任命された。率直に言うと、荒唐無稽だった。私たちは、按手式の準備のために、急いで使徒信条を覚えたし、洗礼式の稽古もした。このようにして、幹事たちに必要な名刺を作ったのだ」と言いながら、当時の状況を説明した。

一方、長氏は、牧師按手を受ける前から、こんな便法を動員して来た。長氏は国内では所属教団がなければ異端えせの嫌疑を受けるという点を深く考えて、正体不明の団体というイメージを払拭するために、有名教団の名称を盗用した。長氏は、宣教会の幹事たちに、「外部活動の時に、人々が教団名を聞いてきたら、大韓イエス教長老会合同(または統合)と教団名を言うよう、申し合わせなさい」と直接指導した。こんな非道徳的な行動を、「信仰の知恵と同時に融通性」というふうに合理化して、幼い幹事と会員たちに注入したのである。

「長牧師は、これに対する根拠が聖書にあると言った。それは、旧約のアブラハムの話である。アブラハムが、アビレメクに、自分の妻サラを妹だと欺いて、命を救ったことを例に引いて、アブラハムの知恵を私たちも模範としなければならない、というふうに言った」という一女性幹事 (23歳)の言葉は、長氏がいかに聖書を自分勝手に解釈しているかを、端的に示している。


新家族共同体 JFC(Jesus Family Center)

それだけではない。この間、長氏は記者とのインタビューでも、偽装する態度をずっと一貫した。長氏は、JFCが「Jesus Family Center」という意味の略語であるのを欺いて、「Jesus Fellowship Center」と答えることで、名称を釈然とせずに隠そうとしていることを露呈した。長氏が宣教会の会員たちに、親中心の家族概念を破って、キリスト中心の新しい家族共同体の大切さを重視させて来たことから見ても、長氏が名称の意味を虚偽で答えたのは、「Family」に焦点を置く自分の意図を隠すためであることがわかる。実際に長氏は会員たちに、「JFC」という名称を使わないように、と念を押したというのに、「時が来れば、この名前を使うことができる」と言って、代わりに「韓国大学福音化宣教会」(CEF)という名称を使うよう指示した。これ対して会員たちは、「JFC」という名前が外部に知られれば、自分たちの存在が表に出ることになるのを恐れたようだ。その証拠に、「韓国大学福音化宣教会という名前を使うと言いながら、同時に長牧師が代表ではなく、全国各センターをセンター長(幹事)らが直接開拓して責任を負う体制に変えようとしたことに現われている」と長氏は言った。しかし、長寿陣氏が地域センターの会員たちに話して約束したことは、全然守られていなくて、事実上現在の運営状態は、名前が変わっただけで以前と少しも変わることがなく、ただ危機を兔るための臨機応変の措置だったことを立証している。

また、長氏の「新家族」という概念は、キリスト中心の家族共同体として効果的な宣教活動を行う、という宗教的意味よりは、株式会社セヒャングの成功的な経済活動の方便として利用されていて、学生たちの家出事例の原因を作っているだけだ。長氏は普段、会員たちにこのような共同体の意識を鼓舞して、「もっと大きい家族を作ろうとすれば、小さな家族を敢然と諦めるべきである。アブラハムが父祖の家を発ったように、私たちも血縁に関わるすべてを切らなければならない」と説き、会員たちの家出事例の原因を間接的に作ってきた。このような一連の行動は、長氏が十何年も統一教会に携わった実績があるという点を考慮するなら、このごろになって「家庭連合」を主張している統一教会から発想を受け継いだのではないかと言う疑惑を催さざるを得ない。


企業を背負って宗教勢力を拡張

一部大学ではキリスト教サークルとして正式登録までされている「ハンビット大学宣教会」(一名JFC、代表 長寿陣牧師)が、その不明である正体のゆえに、疑問を抱かれている。いわゆる大学宣教会を標榜しているこの団体は、所属会員を企業に引き入れるとか、統一教会やJMS(摂理)の教理と類似の内容が聖書講義の一部で発見されたりするなど、新しい問題を浮上させている。それだけでなく、この団体の代表である長寿陣牧師は、宣教会が設立される直前まで、統一教会財団が設立した鮮文大学で宣教学教授に在職していたし、1980年後半には、同校で教務課長を歴任するなど、統一教会内部と深く関係を結んで来た前歴が明かされて、この団体が統一教会と関連があるのではないかという疑惑を増幅させている。長氏は特に、宣教会運営において、自分が代表を務める(株)セヒャング・シルアップ(チョコレート自動販売機販売業)、 J&J(消臭芳香剤販売業)、 SESI(留学斡旋業) (電子会社) などの企業を緊密に連結させ、その過程を通じて、企業を背負った宗教勢力を拡張するという、統一教会の布教方式と一部類似した面を見せている。

会員の中で、幹事たちかのかなりの数は、統一教会と JMS(摂理)に携わった経験を持っているし、 会員を管理して教育する聖書講義の一部で、正統教理から逸脱したこれらの団体の教理を、会員たちへの信仰指導に適用する事例もあって、問題視されている。こんなことで、まだ主体的な思考が確立されない高校生と、単純な信仰観を持った大学生たちを、精神的に混乱させ、度が過ぎた盲信に誘導するなど、副作用を生んでいる状態だ。 約 2年前から本紙に倦まず弛まず送られて来る情報提供及び被害事例の中には、学生たちに対するはなはだしい無賃金労動、搾取、学業の中断、常習的な嘘、家出事例など、逸脱的で反社会的な現象が露呈していて、深刻さを加えている。

先にこの団体は宗教活動と経済活動が厳格に分離しない曖昧な運営を去年末まで続けて来た。 そして、宣教会本来の目的よりは、長牧師の個人企業である (株)セヒャング・シルアップの事業拡張に力を注いで来たことが知られる。長寿陣氏が去る1994年に設立したこの宣教会は、現在80から100人ほどの会員を確保しているが、その大多数は、長牧師が去る1992年に創業した (株)セヒャング・シルアップの正社員やパートタイマーとして働いて来たのだ。そうするうちに、これは宗教をかこつけた事業行為ではないかという一部の批判を払拭するために、今年に入って宣教会の組職を経済チームと伝道チームに分離させて、表面上は宗教部門と事業部門が独立して存在するように見せることで、批判者の口を封じる方便を用意した。長牧師は記者との面談で、この問題に対して、宣教会の会員たちのセヒャング・シルアップでの勤務は、志願者を会社が選抜して雇用するという、正常な会社規則に根拠したものだと言い、宣教会の会員が同時にセヒャング・シルアップの社員である割合は、全体人員の 50% を超えないことを明らかにした。しかしその後確認されたところによれば、現在伝道部門に属している幹事と会員たちは、非公式に(株)セヒャング・シルアップでの経済活動に参加していた。

現在、慶北市センターで要職を引き受けている Aさん(22歳)のノートには、自ら伝道チーム幹事と言いながらも、実際は自動販売機事業拡張のために、相変らず責任の役目を引き受けている事実が記録されていて、こうした事実を立証している。(株)セヒャングの月次目標額を具体的に書いた内容と、目標達成を促して決意した幹事たちの会議記録が明らかに記されるなど、宗教活動と経済活動は無関係だとする主張が事実に反している証拠が、露呈したのだ。

この宣教会の経済活動組職は、代表である長牧師の下に、幹事たちで構成された管理者、 そして、幹事たちの指示を受ける教会員の宣教会組職を、そのまま企業に適用している。幹事たちは、セヒャングに社員として属している場合が大部分で、教会員たちは幹事らの下でパートタイマーとして、長牧師から下逹される指示事項を幹事たちから伝達されて動く。

彼らは、全国各地のビリヤード場やレストハウスなどを事業舞台として、チョコレートの自動販売機を設置し、商品を供給して集金する役目を引き受けている。労動時間は一日平均10時間以上で、平日には放課後から、休日には普通午後1時から夜の12時を過ぎて夜明けまで働く場合が大半だと言う。ところが、過重な労動とは違い、彼らは今までに労動に対する対価として一銭の月給も受けたことがないことが、わかってきている。

現在も集金業務で働いている Aさん(19歳、休学中)は 「はじめは一時間あたり2,500ウォンもらうことになっていたが、 この一年、月給という名義のお金はもらったことがない」と明かした。 Aさんは、牧師様(この団体では長牧師という呼称の代わりに、牧師様という言葉を使う)が、「もうちょっと堪えれば、事業がうまく行って、滞った月給も受けることができるし、外国に留学にも送って、勉強させてあげる」と約束した。その時が来るまで、長牧師様の言葉を信じてずっと仕事をするつもりだった。B君の親も、息子がこれまで一度も自分がした仕事の対価を受けたことがなかったと、同じように述べた。お母さんのCさん(50歳)は、「大学に入学してからすぐに、息子がバイトをして小遣いを儲けるというので、殊勝だなと思って見守っていたが、働くと、夜明けに帰宅するとか、外泊する場合が多かった。毎月給料もらったことを確認しようと思ったけれども、言えば、もじもじして、月給を受けなかったという話ばかり言った」と付け加えた。これに対して、長寿陣牧師は、このような主張の大部分は、組職と幹事たちに不満を持つ会員たちから出たことだと言い、無賃金労動の事実を否認している。しかし問題は、上記の二人がまだ宣教会の活動に積極的に打ち込んでいる熱心な会員たちだという事実だ。

Aさんは現在、この宣教会の仕事のために、家を離れて、教会内で他の学生たちと共同生活しながらセンターを開拓する核心的なメンバーで、B君も集金業務に没頭するために、常習的に家を離れ、学業を中断してしまって、宣教会の活動を絶対視しており、親の心配を買いながらも、どこまでも宣教会の活動に固執している最中だ。特に Aさんの場合、セヒャング・シルアップに反対する親を説得させる過程で、「月給は受けないが、お金が必要な度にもらって使っている」と言って、無賃金労動の事実を一部自認したりした。

彼らは、チーム長である幹事を中心に、2人から4人が一組になって働いている。ソウル本社の場合、良才洞陽文教会の近くに宿泊所を置いて一緒に寝起きし、集金活動をする人々は、機動力のためにワゴン車を利用し、浦項で納品を要請すれば、大田センターに出動して調逹して来たと言う。一日の平均集金額は40から50万ウォンぐらいで、集金すると直ちにソウル良才洞本社に振り込むのが規定であるという。各チームは集金実績が高ければ高いほど、各自の点数も上がって、宣教会の要職を引き受けるようになるとか、海外留学など各種機会に優先的に選抜される特典を享受することができるという。そのためか、会ってみた会員たちは、すぐに月給を受けることができないことに、深刻な問題意識を感じない様子だった。とにかく (株)セヒャングは、長牧師の言葉のように、創立5周年で驚くべき成長を記録している最中だ。このごろの不景気にもかかわらず、この企業が規模をずっと増やすことができたのは、まさに会員たちの無条件の献身が可能としていると見るのは、的外れの推測ではない。

全国を歩き回らなければならない活動の特性のため、集金業務のチームの活動は、他のアルバイトとは違い、会員たちの個人生活がほとんど不可能だと言う。その結果、現在ソウルを含めた各地域センターでは、幹事を含めた会員たちが共同生活をしている。わずかこの間までにしても、ソウル陽文教会には家を出た会員たちが、教会の中に男女老少を区分する仕切りだけ立てておいて、一緒に寝起きしていた。現在は、近隣に宿泊所を別に用意して、教会とは分離したが、まだ全国地域センターと教会を兼ねて不安定な生活をしているところもあり、親たちから怒りの声が出ている。

ここで生活する学生たちは、親に本当のことを言わないとか、一人暮らしをすると嘘を言って独立した人々が多いことが知られている。ソウルで共同生活をした経験があるという一会員は、学生たちの中で、親の正式な許しを得て家を出た割合はどれぐらいなのかという質問に、「ほとんどない」と答えた。彼は「多分、親たちが許してくれたという場合は、会員が嘘をついたからでしょう」と率直に言った。 これに付け加えて、父兄 Dさん(45 歳)は、子の無断家出によってソウル良才洞陽文教会を訪問したことがあるといい、その所で生活する子どもたちの姿は、一様にやつれて青白く、まともに食べることもできなかったように弱っていて、あちこちに無秩序に寝転んでいたり、子どもたちが着ているむさくるしい服を見て、これは正常な所ではないと思った、と当時の心情を打ち明けた。

これ以外にも、親たちは急に変わった子どもたちの態度に対して、この団体に責任があると抗議する声を高めている。子どもたちが専ら親に常習的に嘘をやたらについているし、自分たちの宗教活動の内容をはっきり言わないなど、不健全な宗教団体に見られる特性を揃えているというのだ。高校生の子どもがしばらくこの団体に通ったことがあって、ひとしきり騷動を経験した事があるというEさんは、そんなに善良だった子どもが、ここに通った後から嘘をしょっちゅうつくようになったので、驚いて調べたら、その所の教会の女幹事から指示を受けて取っている行動だったということがわかった。問題の女幹事は、家に電話する度に身分を明らかにしないことは勿論で、「友だち」だと嘘を言うのが頻繁だったし、この団体と関係を結んだ娘も、学校の寮生活に不真面目になって、学業よりも教会活動や聖書講義に重点を置くようになり、このために親と友だちに嘘を言うなど、前例のない行動を見せたと言う。Eさんはこれを怪しく思って、大田某地域にある問題の教会を尋ねたことがあり、建物の外壁に看板もなくて、牧師もなしに、子どもたち同志が集まって、問題の幹事から聖書講義を受けて、日曜の礼拝まで幹事の指導の下で行われていることを見て、これは正常な教会ではないと判断できたと言う。Eさんは、まだ成長期にある学生たちに嘘を教えるこの団体の意図を、到底理解することができないと言い、異端の団体であるのは間違いないと、躊躇することなく述べた。

しかし、これらの反社会的な行動は、これでも終わらず、親の許諾なしに無断で家出するとか、学業に無関心になって、ひたすら宣教活動に没頭する姿としても現われる。息子が二学期の登録料180余万ウォンを持って、頻繁に家出し、学業も中断したまま消息が途絶えたと訴えて来た父兄 Dさん(50歳)は、宣教会のソウル本部まで尋ねて行って、長牧師に息子の居場所を教えてくれと言ったが、「私たちにはわかりません。多分、異端の宗教にはまったのではありませんか」と責任を否認したと言う。そのとき、息子P君の行方がわからなくなってまだ10日位しか立っていなかったから、その短い時間にどうやってほかの宗教にはまって家出するまでになるのかと、反発している。「すぐ直前まで、この宣教会が海外留学に送ってくれるからと、親の許諾を要求した息子だ。家出の原因にこの宣教会が関与していることは間違いない。責任を回避し続ける場合は、公権力の力を借りる」とDさんは強い意志を見せた。

一方、企業による問題の外に、宗教活動と教育内容にも、一つ二つ不審な部分が見える。正統教会が異端として断定しているJMS(摂理)と統一教会がよく使う用語が登場するとか、会員たちの聖書理解と信仰観が、既成教会と一部食い違う面があるということだ。一会員が聖書講義を受けて書いた、少ないように見えるノートには、「摂理」「家族」などの用語が頻繁に使われているし、各地域センターでは、正式な神学教育を受けていない幹事たちが、直接礼拝を導いて、説教まで引き受けていて、問題の原因を作っている。会員の中には、教会で日曜の礼拝を守る場合は珍しくて、ほとんどがセンター内の教会に出席しており、地域教会との葛藤も一部で見えている状態だ。その中のある学生は、ここで学んだ内容を人々に言えば、異端と言われてしまうから、絶対に外部では秘密にしていると言い、長寿陣牧師だけが真の牧師で、残りの既成教会の牧師たちは偽りの牧師だという極端な意見を述べた。彼と交わした一問一答を取りまとめて見る。

(1) どうして他の人に、宣教会で学んだ内容を言うことをはばかるのか?

まだ時期が早いからだ。すなわち、神様の摂理が完成されて、私たちが世の中に晴れて宣布できる時が来る。それ以前には、人々に知らせてはいけない。聖書にも、真珠を犬に投げるな、と言われている。

(2) その時期というのが、いつを意味するか、具体的に決まっているのか?

そうだ。その時は2000年だ。ヤゴブがラバンの家で 7年間の使役を完成したように、私たちも宣教会が始まった 1994年から計算して 7 年目になる2000年までの間に、摂理の道を歩くために、当然の苦難の償いを受けることになる。その時になれば、すべての人々が私たちに沿うようになるはずで、私たちがいただいた本当の真理を、世の人たちに晴れて宣布することができるようになる。

(3) 摂理を完成するということは、成功的な経済活動を意味するのか?

そうだ。自動販売機の事業をすること自体が、神様の摂理を完成する重要な過程だ。牧師様(長寿陣牧師を指す)も、摂理の道を歩くために、初めは私たちのようにこんな苦難を経験した。私たちは、真の牧師である牧師様にそのままついて行かなければならない。牧師様は 2000年まで7年間の苦労をすることで、キリストが初臨で失敗して積もった神様の恨みを晴らして上げて、私たちも、その間の苦労の償いを受ける時が終わるまで、我慢して耐えなければならない、と言った。


会員たちの無賃金労働による企業拡張

長氏の主張したところとは違い (株)セヒャングは、JFC宣教会と同一団体だった。長氏の聖書講義の内容を代わりに講義して伝道を担当する幹事 5人を除いて、残り90人の会員たちは、残らずみんなチョコレート自動販売機の販売事業に配属されている状態である。長氏が教会であると紹介した全国各センターは、事実上 (株)セヒャングの支社に違いない。長氏は企業を創立して以降、20代の年若い青年たちの宣教を支援するという名目の下に、朝7時から夜12時まで労動をさせて、自分の事業拡張の道具として利用して来た。これらの事業規模は、年間売上高が10億ウォンを超えていて、中小企業の水準に追い付いている状態だ。長氏は (株)ヘテ製菓で製造するチョコレートと専用自動販売機を、全国のゲームセンターとビリヤード場などの遊技場に設置し供給する (株)セヒャングの経済活動に、会員たちの献身を強要していて、一日500万ウォンから1,000万ウォンの収入をあげている。現在設置されている自動販売機は、全国で1万3千700台に達し、これらは一箱当たりの原価が1,800ウォンに過ぎないチョコレートを、全国のゲームセンターやビリヤード場などの遊技場に3,000ウォンで販売して、大きな利益を得ていることがわかっている。

これ以外にも会員たちは、毎日都心の電車駅を中心に、市内の繁華街を通り過ぎる市民たちに、このチョコレートを 2,000ウォンから3,000ウォンの分量で包装して直接販売する特別販売活動までして、割り当てられた目標額を満たすために頑張っている。特別販売品目はチョコレートのみならず、水晶米、オーディオ、アクセサリー、ごま、油などであり、甚だしくは、日本や中国などから密輸をして来て、国内で露店や屋台をするなど、不法行為まで厭わず行っている。そして、1994年から1995年頃、チョコレート事業を始める直前には、カフェの路頭などで、定価200ウォンのチョコレートを1000ウォンで売りながら、夜学生や恵まれない隣人を助けるための募金活動であるとして、市民を欺いたりした。主にビリヤードとゲームセンターの主人たちは、「収益金を不遇な隣人への助け合いに使う」という言葉にだまされて、自動販売機の設置を承諾した場合が多くある。このようにして、(株)セヒャングの経済活動は、今年100億ウォンの目標を立てるまでになった。

一方、会員たちは、宣教を支援するという名目の下に、甚だしくは日曜日の深夜まで普段と違わないつらい労動を続けて来ている。主にワゴン車に乗って全国を巡回しながら集金活動をして来た会員たちは、過労によって寝不足現象に苦しんでいて、このことが健康を壊すのはもちろん、居眠り運転の原因になって、生命が脅かされた状態で走り続けている。実際に居眠り運転によって重軽傷を負った場合が20余件に達するが、手足に骨折を負う例などは日常茶飯事で、甚だしくは女子学生たちまで頭が割れて九死に一生を得て蘇生した例もあると言う。割り当てられた目標額を満たすことができなければ、個人の金を都合つけて埋め合わせなければならないため、銀行の貸し出しを受けて、親を欺いて、預金の全額を集金に充当する会員たちも多数いることがわかっている。

しかし、これらの献身的な努力と奉仕に対する対価は、全然ない。長氏は、事業設立以来、正社員やパートタイマーに対して、法律で規定された賃金を正常に支給したことは、ただの一度もなかった。会員たちが長氏からお金をもらった場合は、集金や伝道の実績が良い時に、個人的に支給される 10万ウォンから50万ウォン内外の褒賞金が、一二回ぐらいだった。もちろん、個人の小遣いが必要な時は、いつでも多少は使えるという原則があることはあったが、朝早く出かけて夜おそくまで働くという、私生活が絶対に不可能な構造の中では、個人の小遣いが必要になるわけがなく、事実上は形式に過ぎなかったという。

正社員がこんな状況の中で、アルバイト学生たちが賃金を受け取れるはずがない。主に学校の休み期間などを利用して集金活動をするアルバイト学生たちは、一時間当り2,500ウォンもらう規定になっていたが、実際は一銭も受けることができない場合が日常茶飯事だったという。

「地域センター長たちは、随時に他の地域への転任令を受けた。ひとつの地域に腰を据えるようになると、全くの未開拓の場所に異動になって、別の地域を耕すよう指示された。そうであると、アルバイト学生たちは、お金を受け取る道があいまいにされてしまう。働いた地域には、もう他の幹事が来ているから、事情を話しても、前の幹事の責任だとして回避され、やっと前の幹事が転任した先のセンターを尋ねても、大部分が外部活動をしているのだから、幹事に会うことができないのみならず、初めからそんな人などいないと、白を切られることもある。」

これに加えて、長氏は、会員たちの中に、以前に他の宗教を信じるとかキリスト教を信じた経験がない人々を、「異邦人」と呼んで、「経済活動の肥やしとなって、忠誠を尽くさなければならない」という規定を作っておいて、宣教部やその他の業務には全然参加することができないようにして、ひたすら経済活動だけに忠誠を尽くすことを指示し、他の会員より何倍もつらい労動に苦しむようにしている。

現在、これらの企業活動は、国内のみならず海外まで舞台にしている。「世界を見る」という意味の SESIという単語を、各企業の名称の前に付けて呼ぶようにした長氏は、初めには(株)セヒャング(世の中の香りという意味)を設立して、自動販売機の販売を主力事業として育てた。次に、J&J(JOY & JOY、 JESUS & JESUS、喜び二倍、キリスト二倍という意味)で消臭芳香剤の販売業を引き継ぎ、SESI留学センター及びSESI NETという通信会社まで従えている状態だ。このうち、海外の企業の(株)セヒャングと SESI NETは、フィリピン大学に支社を設置して、インターネットのプロバイダーを運営し、使用料を取って収益をあげている。

このような事業方式は、過去に統一教会が信徒たちに、空気銃の外販をさせて、タコ足式で企業を拡張した方式と非常に似ている。JFC会員たちも同じく宣教を目的として、直接に自動販売機を販売し、集金活動をしながら、長氏の事業を繁栄させことに力を注いでいるのだ。普段、幹事以上の会員たちは、長氏に毎日、集金現況とセンター運営全般を一つ一つ報告しているし、特にファックスを通じて信仰生活(QT)と報告書をあげて、個人的な心理状態、身近な私生活まで隠さずに長氏に知らせることを、非常に重要に思っている。


自称メシア

統一教会の文鮮明教主は、韓国内だけでも約 300か所余り、外国に120か所余りの聖地(1994年現在)を策定していることが知られている。文鮮明氏が聖塩を振り撤いて祈った場所は、表示を立てておいてから、後で必ず買い入れるために、主に山地の良い場所を選択するのが原則だ。その場所は、神様の地であり、祈る場所であって、必ず買い入れなければならないという不文律があるからだ。長寿陣氏の場合も同じだ。長氏は、国内大学に学生たちがたくさん集まる場所や、風水地理的に見て美しい場所を尋ねて、自分が祈った場所だと言って、「聖地」に指定している。会員たちと巡回して場所を探すのは、長氏が自分の祈った場所 (聖地)に、将来宣教会の事務室が入居すると予言して、特に該当する学校に通う学生たちには、一日に一度ずつその場所に必ず立ち寄って、真心を込めて祈りを積み重ねることを指示した。現在、啓明大学と大邱大学を含めて、全羅慶北慶南など隣近大学に、これらの聖地があると言う。


JFCと統一教会とJMS(摂理)との関係

JFC 宣教会で一番目立つことは、摂理・家族・棒引きなど、いわゆる統一教会用語である。偶然にコンピューター・ネットワークに上がっていた統一教会の資料を見て、自分の団体とあまりにも似ていることに驚いたという一部会員たちは、「統一教会の信徒同士が使う言葉、文鮮明の教えの内容、行政組職まで、まったく同じだった」と、衝撃を隠すことができなかった。そして、統一教会から分派して出た JMSとは、甚だしくは教理中の引用聖書箇所まで一致していることを見つけてからは、驚きを禁じえなかった。こんな理由で、最近の会員たちが宣教会を脱退する例が続出しているし、深刻な精神的混乱を起こしてショック状態に陷っている場合もある。

長寿陣氏はその間、既存教会とJMSに対しては、辛辣に批判して来たが、統一教会に対しては、どんな反応も見せなかったという。文鮮明は異端だという言葉どころか、統一教会という言葉自体、口から出したことがないというのだ。 長氏のこのような態度が意味するところは、無関心でなければ、愛情であろう、と外から見なされることになるのだが、長氏が統一教会の骨髄中の骨髄の信者であるという点や、その事業の運営の仕方と教理体系には、統一教会色が色濃く現われているという点を考えると、それが無関心の表れだと見ることはむずかしい、という分析が可能になる。

特に、長氏とJMSは、お互いを天敵と思うほどに反感が強い関係だ。その理由は、長寿陣氏が1980年代後半にJMSの会員たちを多数離脱させた事があるからだ。長氏は引き続き、ホサナ宣教会を組織して、離脱会員たちを自分の会員に引き入れて宣教会を運営して来たのだが、普段から会員たちに、自分がJMSとの教理論争で堂々と勝利したという武勇談を語りつつ、JMSを明白な異端として強く批判して来たというのだ。

しかし、長氏の教理は、JMSの教理を模倣したような印象がありありと見える。 JFCの14段階の教理は、JMSの『30講論』に多くの部分が一致しているし、甚だしくは、例話までも一致するほどにそっくりな点が多い。それでも長寿陣氏は会員たちに、俗離山に通って神から直接啓示を受けた教えだと言いながら、教理の絶対性を強調して来たし、JMSの教理に似ている理由は、JMSの会員が自分たちの団体の聖書講義ノートを盗んで、そのまま教理を適用させたからだと話して来た。しかし、JMSの教理を直接確認して来た会員たちは、「まるで一教派が少しずつ先に進んでいるような印象が漂っている。統一教会の教理を基本原則に敷いて、その次にJMSの鄭明析氏がそれなりに発展させ、その上で長寿陣氏が服を着せ発展させている、という感じがする」と分析している。

それに、長寿陣氏は、自らを過度にほめそやす点についても、鄭明析氏の手法をそのまま借りている。鄭明析氏は自分を「一千の霊の守護を受けている特別な存在だ」と言って来たが、長寿陣氏も自分が聖書講義をすれば、若者たちが何千人も群がって来るほどの実力者だという事実を誇るというのだ。長氏は、若者たちに自由自在に出入りするだけでなく、神から直接啓示を受けて、特別な悟りを伝えることができると言って、会員たちを惑わして来た。また、既存教会で教える神の教えはすべて偽物で、自分だけが本当の神の教えを受けた、完全な使命を保持する真の牧師だと言いながら、会員たちに教えて来た。

長氏の教理は、アダムとエバが蛇の誘惑で性関係を結んで堕落し、天国の完成に失敗した、という主張で始まる。第二のアダムであるキリストが、未完成の天国を完成するために世の中へ来たが、洗礼者ヨハネがイエスを嫉んで、メシアであるキリストを伝える使命を果すことができなかったために、キリストが自らメシアと主張しなければならなくなり、その途中でユダヤ人に捕らえられて、悲惨な目に遭ったというのである (その過程で、キリストが人類の罪を贖うために来た救世主であるという事実を否認する)。だから、第三のアダムである再臨のキリストが、未完成の天国をこの地上に完成するために、初めて出現するというのだ。しかし、再臨主は、雲に乗って来るのではないと言う。雲は実物ではなく、「雲のようなあまたの証人」に対する暗示的な表現であって、再臨主は人の息子として生まれる、という主張を展開する。すなわち再臨主は、もうこの世の中に来ているし、特別な聖書講義と摂理(仕事、使役)によって、この地上に天国を建設している人々の中にいる、と言うことによって、その再臨主がすなわち自分であることを、間接的に暗示している。長氏はこの部分で、宣教会の会員たちにはメシアを証しする使命があり、自分には天国を完成する使命がある、と教えて来た。その結果、実際に会員たちの大多数が、長寿陣氏をメシアと信じている。一部の幹事たちの間ではもう、「牧師様がメシア」という事実が通用しているし、会員たちに秘密に教育させている。彼らは、長寿陣氏がメシアであるという事実をすぐ理解した会員たちには、「霊的な感覚が優れている」と言って、ほめ言葉を惜しまない。しかし、いまだに長寿陣氏は、自分がメシアだという事実が、全体の雰囲気の中で公式に認められることには、はばかっている様子だ。核心的な幹事たちには、「誰にも話してはいけない。耳ある者たちは聞きなさい」と言いながら、厳しい取り締まりをしているが、しかし、自分がメシアだという基本的な立場には変わりがない。

「長牧師は、本当のキリストは自分の口で直接メシアだとは言わない、と言った。そして、キリストが死んだ理由は、弟子たちがキリストをメシアとして伝えなかったから、キリストが自分で直接メシアであることを知らせなければならなくなり、その途中で、使命を終えることができないまま死んでしまった、と言った。私たちの方を見て、だから、メシアを証ししなければならない、と言った。この言葉は、一部の幹事たちの間では、『牧師様を証ししなさい』という言葉によって、直接表現されている」

一会員の証言は、特に事業拡張に熱をあげる長寿陣氏が窮極的に狙うものが何であるかに、見当をつけさせるものである。それは、JMSの鄭明析を引き継ぎ、もうひとりの「文鮮明」を夢見ているのであろうと思われる、というのだ。しかし、惜しくも、長氏の霊的な父に違いない文鮮明は、このような長寿陣氏にそっぽを向いている。ドンキホーテと違わない突発的な行動で頭を腐らせて来たという長氏が、もし文鮮明の名前を売るとか、名誉に損傷を加えるような所業をする場合には、文鮮明師はじっとしていないだろう、というのが、統一教会側の公式な立場である。したがって、長氏が今後も継続的に統一教会との関係を結ぶかどうかは未知数だ。しかし、統一教会の教理と行動に水をあけても、長氏が巨大な宗教企業を成そうと目指している働きには、文鮮明とその弟子である鄭明析氏から学んだノウハウが全て発揮されていることは、間違いない事実だ。

『月刊現代宗教』1997年11月12月合併号




ハンビット大学宣教会(JFC)の長寿陣(張在亨)氏と摂理(JMS)の鄭明析氏との関係

サイト「JMSの裏-摂理の裏」より記事「JMS前身 愛天教会と"新村5兄弟"」から

ACMの前身であり、CEFの前身である「ハンビット大学宣教会」(JFC)については、ダビデ張在亨氏が「長寿陣」という別名を使って設立し活動していたことを、韓国『月刊現代宗教』が報じていた。その記事では、ダビデ張氏は摂理(JMS)の鄭明析氏とライバル関係にあったと述べられている。

摂理告発サイトでは、さらに、『月刊現代宗教』28周年企画記事を引用するかたちで、次のように述べている。
1981年には統一教会で学生達を募集して日本に行った事があった。その時は、海外に行くということは大きい特権だった。この時会った人が、ハンビット大学宣教会の長寿陣(『現代宗教』 97年 10・11月号 報道)だ。日本に行ってきてから、われらはものすごく張り切った。前者があの位なら、後者であるわれらはものすごく大きくなるだろうと考えた。当時には、私達が統一教会の分派という認識があった・・・。

・・・当時、統一教会で大学布教団体に偽装した ICSA(International Cristian Student Association)という団体を作ろうとした時、JMS(摂理)を主軸としようとしたが、清平にある修養館で、鄭氏が管理する団体ということがばれて、解消された・・・。
こうして、一度は立ち消えになったかに思われたICSAだが、韓国『ニュースエンジョイ』の記事によれば、その後、ダビデ張在亨氏が文鮮明氏から抜擢され、任務を引き継いで、ICSAを設立して、その事務局長に就任した、と述べられている。すなわち
原理研究会と大学巡回伝道団で活動した張牧師は、1982年に「国際基督学生連合会」(ICSA)に舞台を移す。この時の状況について、『今日の摂理の歴史』は、「1982年10月、文鮮明先生の帰国と同時に手沢里迎賓館で全国の学士長が集まった中で、国際基督学生連合会を独立組織として分離することが命じられ、当時原理研究会の学士長を務めていたに張在亨、イゼホング、衛星嶺ら三名が国際基督学生連合会に任命され、活動を開始した」と述べている。

『文鮮明先生古希記念文集11』は、当時の状況をこう伝えている。「1980年の冬休みに、基督学生招請原理修練会を開催して、1981年夏まで二回にわたって日本訪問を終えたキリスト者学生たちと、原理研究会の張在亨、イゼホング、衛星嶺ら三名の学士長が、国際基督学生連合会の創立メンバーとなって、発起人会および設立準備委員会を組織し、国際クリスチャン教授協議会と協力して、韓国で国際基督学生連合会(ICSA)を結成することになり、志を共にするキリスト者学生たちの積極的な応答を受け、1981年11月14日にソウルで創立総会を開催した」。

国際基督学生連合会が掲げた創立目的は「教会一致運動」「預言者運動」「キリスト教徒に火を灯す」「平和を具現する愛の共同体」などだった。しかし、内実をよく見れば、文鮮明教主の影響があちこちに出ていた。「イデオロギーの昏迷の中にある大学生に、宇宙的視野を与えるため」に開設したという「理念教室」のプログラムには、「文鮮明先生と統一思想」のテーマが含まれていることが、これを証ししている。(「クリスチャントゥデイに転載された張在亨氏の統一教会関連疑惑」より)
さらに興味深いことに、摂理(JMS)の鄭明析氏と、ハンビット大学宣教会(JFC)の張在亨(長寿陣)氏とは、ライバル関係にあった、ということである。『月刊現代宗教』は、この点について、こう述べていた。
・・・長氏とJMSは、お互いを天敵と思うほどに反感が強い関係だ。その理由は、長寿陣氏が1980年代後半にJMSの会員たちを多数離脱させた事があるからだ。長氏は引き続き、ホサナ宣教会を組織して、離脱会員たちを自分の会員に引き入れて宣教会を運営して来たのだが、普段から会員たちに、自分がJMSとの教理論争で堂々と勝利したという武勇談を語りつつ、JMSを明白な異端として強く批判して来たというのだ・・・。

・・・長氏の教理は、JMSの教理を模倣したような印象がありありと見える。 JFCの14段階の教理は、JMSの『30講論』に多くの部分が一致しているし、甚だしくは、例話までも一致するほどにそっくりな点が多い。それでも長寿陣氏は会員たちに、俗離山に通って神から直接啓示を受けた教えだと言いながら、教理の絶対性を強調して来たし、JMSの教理に似ている理由は、JMSの会員が自分たちの団体の聖書講義ノートを盗んで、そのまま教理を適用させたからだと話して来た。しかし、JMSの教理を直接確認して来た会員たちは、「まるで一教派が少しずつ先に進んでいるような印象が漂っている。統一教会の教理を基本原則に敷いて、その次にJMSの鄭明析氏がそれなりに発展させ、その上で長寿陣氏が服を着せ発展させている、という感じがする」と分析している・・・。

・・・長寿陣氏は、自らを過度にほめそやす点についても、鄭明析氏の手法をそのまま借りている。鄭明析氏は自分を「一千の霊の守護を受けている特別な存在だ」と言って来たが、長寿陣氏も自分が聖書講義をすれば、若者たちが何千人も群がって来るほどの実力者だという事実を誇るというのだ・・・
このように、「天敵同士」と表現される張(長)氏と鄭氏だが、80年代以降の二人の歩みは、どことなくシンクロナイズしているところがある。80年代に、張氏は基督教大韓監理会保守(メソジスト保守)の牧師になったと言われており、さらにその上で、宝林産業株式会社専務という立場で、大韓イエス教監理会(イエス・メソジスト)の学校法人聖化学院に接近し、陰謀的工作をめぐらして、同学院を統一教会に引き渡し、鮮文大学とした。『鮮文大学設立30年史』では、張氏は「鮮文大学設立の功労者」と謳われている。一方、摂理(JMS)の鄭明析氏も、1983年にメソジストの牧師となり、ウェスレー神学院を設立し、基督教大韓監理会真理という摂理系メソジスト教団を設立している。

張氏の場合、聖化神学校をめぐる陰謀的工作の一件で、メソジストから目を付けられたのに加え、ハンビット大学宣教会の異端嫌疑が1997年に教界で報道されたことから、追及を逃れるために名称をCEFに変更し、その過程で改革長老派系の大韓イエス教長老会合同(旧国際合同福音B)の牧師となったのだが、しかし、そこまでに至る80年代の張氏と鄭氏の「動き」は、実によく似ている。

この点、ライバル関係にあった両者が、その対抗意識から、あえて類似のフィールドを選んだのか、あるいは、キリスト教界への食い込み活動の入口拠点としてメソジストを使うよう、明白な「上」からの指示があったのか、今後の研究が待たれるところである。

なお、参考までに、韓国には以下のメソジスト系教団があることを付記しておく。
1.基督教大韓監理会
2.基督教大韓監理会ウェスレー総会
3.基督教大韓監理会中央会
4.基督教大韓監理会国際総会
5.イエス教監理会ウェスレー総会
6.基督教大韓監理会自由総会
7.基督教大韓監理会保守総会
8.基督教大韓監理会連合
9.基督教大韓監理会合同
10.基督教大韓監理会統合
11.イエス教監理会(聖化学院)
12.基督教大韓監理会真理(摂理系)




イエス青年会という異端に警戒せよ

2006年5月30日
作者 私的立場

そのとき、「見よ、ここにメシアがいる」「いや、ここだ」と言う者がいても、信じてはならない。偽メシアや偽預言者が現われて、大きなしるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちをも惑わそうとするからである。あなたがたには前もって言っておく。だから、人が「見よ、メシアが荒れ野にいる」と言っても、行ってはならない。また、「見よ、奥の部屋にいる」と言っても、信じてはならない。(マタイ24:23-26)

愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。(ヨハネ一4:1)


おそらく2001年頃より中国全土の多くの大学に、一つの異端の組織が現れた。外部に対しては秘密主義で、組織の名称に言及することは少なく、あるいは個々に一般的な名前を付けており、よく「改革長老主義」の教会に属するなどと言ったりする。最初わたしたちは、これらの組織の相互のつながりを見ていなかった。しかしその後、少しずつ、これらの組織のつながりが極めて密接であることを発見し、全国に分布する多くの大学に教会や学生会を作っていながら、実は単独の組織であって、その内部で呼ぶところの「イエス青年会」(Young Disciples of Jesus)であることが判明した。イエス青年会の主要な働きは、キャンパスの大学生に対する伝道であり、その発展は非常に迅速で、2001年頃から五年以内に、中国全土に分布する大学に広がった。その上、東南アジア、オセアニア、北米、南米、ヨーロッパ諸国にまで広がっている。

その具体的な発展の状況は、イエス青年会の各国語のウェブサイトで見ることができる(www.ydjesus.org)。イエス青年会の組織がとても整っていて、規模が大きいこと。また、普通のキリスト教会と同じように「愛」を強調することから、一般の人は惑わされてしまい、普通の人にはこの組織の問題を見つけるのは難しい。多くの地方で、この組織は「正統的キリスト教」の働きとされていて、はなはだしきに至っては、いくつかのキリスト教団体のウェブサイトに、イエス青年会へのリンクが貼ってあって、多くの人は依然としてこの組織の惑わしに陥り、自分で気付いて抜け出すことは難しい。

わたしたちは、主の弟子の道を行く者の責任を果たすべく、全力を尽くして論争を行い、この組織の異端の本質を暴き出そうとするものである。この論文は、イエス青年会の「起源と発展の歴史」「組織の構造と内実」「使役の状況」「教義の問題」という四つの方面から迫って、イエス青年会を簡単に紹介し、かつ、本性を露わにする。しかし現在この論争に臨むにあたって、イエス青年会がその内部の者に嘘をつくことを奨励しているため、わたしたちがこの組織と接触する場合には、いつでも双方の間に一致しない回答を発見する。この組織は、「良い土」(この組織が教えるどんな言葉や計画でも聞き入れてしまうような、少しの疑念すら持たない人)だけに「真理」を蒔き、わたしたちのような「悪い土」に対しては、「真理」を隠すので、実際にはもっと情報が多いであろうこの組織の内情を知ることは、難しい。しかし、この組織から離脱した会員や関係者から収拾した多くの資料と、わたしたち自身が入手した資料との間で比較研究を行うことができる。わたしたちは、できるだけ客観性の維持に努めるが、しかし、いくつかについては、推論に基づいて導き出された結論もある。この組織について情報をお持ちの方々には、ぜひわたしたちに連絡して頂ければと願う。


起源と発展の歴史

イエス青年会のウェブサイト上の記述によって、イエス青年会の最初の起源は1996年にさかのぼることできる。香港イエス青年会のサイト(hk.ydjesus.org)上では、次のように紹介されている:
簡単な紹介

「イエス青年会は、全世界を福音化するために使役する、キリスト教青年の大学宣教と教育の団体です。最初中国の信者たちが創設して始まり、責任を持つようになりました。基礎を、神の言葉、イエス・キリストの福音、使徒の伝統の上に置き、宣教と教育の団体を作り上げます。

イエス青年会の最初の宣教と教育は、韓国アンテオケ教会から源を発しました。1996年7月4日、二人の宣教師が中国の上海で福音を伝え始め、ほどなく復旦大学と上海の青年を中心に、聖書講義の集いを設立しました。2000年9月18日に、北京に宣教師を派遣して、北京大学を中心に聖書講義を行う学生会を作り上げました。2001年4月22日、中国の復旦大学の青年たちは、手を携えて外に飛び出し、中国を偉大な福音の国家とするため、また、福音を世界にあまねく伝える理想を望み見て、イエス青年会として第一歩を踏み出しました。その年の10月に、中国の北京でイエス青年会の創立礼拝を行って、イエス青年会は正式に発足しました。イエス青年会を通して、神は中国に扉を開き、偉大な福音の使役をなさるでしょう。

わたしたちは、福音主義を唱道し、伝道を第一に掲げ、キリストのからだの結合を明らかに教え、また、キリスト教文化をはっきりと復興させます。中国大陸の各地から青年たちが集まり、宣教と教育のために、大学内に聖書講義の集まりを作り上げ、学んでいます。さらに、次々と海外を開拓して、米国、韓国、日本、香港、タイ、モンゴル、インド、シンガポール、オーストラリア、カナダ、ポルトガル、カザフスタンなどに支部を作り上げ、絶えず神の天幕を拡大しています。同時に、フランス、マレーシア、スイス、イギリスなどにも宣教師を派遣しました。これまでに、すでに数百名の宣教師を派遣していて、世界各地で宣教と教育の国際的な大学宣教が進められています。」

上記は実は、この組織が過去のバージョンを書き直したものであって、2005年上半期の香港イエス青年会のウェブサイトには、以下のように紹介されていた。
「イエス青年会の最初の宣教と教育は、大韓イエス教長老会合同福音総会アンテオケ教会のダビデ牧師による『山上の垂訓』『使徒言行録』『ローマ書』『コリント書』などの聖書講義に起源を持ちます。」

わたしたちは、ネット上でこの情報を検索して見つけたのだが、他のキリスト教団体の掲示板でイエス青年会について議論した時、あるクリスチャンがイエス青年会のサイトからコピー&ペーストして、上記の情報を貼り付けた。それを見ると、問題点が見出されたわけだが、後からイエス青年会のサイトを見ると、新しいバージョンで修正が行われていたというわけである。

前のバージョンの中で、2つの問題点がある。ひとつは「大韓イエス教長老会合同福音総会アンテオケ教会」である。わたしたちはネットで検索したが、この教会のことを調べることができなかった。韓国のクリスチャンにも何人か聞いてみたのだが、彼らもわからなかった。しかし、韓国の一つの異端の団体を発見した。興味深いことに、名称がとても似ているのである。それは「大韓イエス教長老会伝道総会」と称していて、2002年に中国の湖南で相当の影響力を持っていた。この二つの教団の間にどんな関係があるのかは、まだわかっていない。

もう1つの問題は、この組織の創立者(あるいは影響者)である「張ダビデ」である。この組織の最高指導者は「張文竜」(別名パウロと言う韓国人で、再臨のキリストを自称している。後で教義の問題のところで具体的に検討する)と呼ばれていることがわかっている。わたしたちは、この「張ダビデ」が「張文竜」ではないかと疑っている。

わたしたちは、比較的長い間イエス青年会に在籍し、その後退会した一人の会員から、この組織の発展の状況を知ることができた。聞くところによると、この「張文竜」は、元はある大学の教授であって、数十年の聖書講義によって、イエス青年会の前身である団体を創設した(この組織の主張によれば、中国の大学生たちが創設したことになっているが、実態に迫る話によれば、「張文竜」が育成した20人が、宣教師として派遣されたものの、信者はすべて消えてしまった。それからすぐ張は隠遁して、十年後に再び活動を開始し、それから今日まで発展して、世界各地に広がっている)。つまり、1996年頃に張が何人かの宣教師を中国に派遣したというのである。最初は東北地方で、それから北京に移動したという。しかし、聞くところによると、東北と北京での使役は上手く行かず、そのためさらに上海に移動して、主に復旦大学で使役したという。2001年は、イエス青年会の発展の歴史の中で重要な一年であって、この組織の一つに突然、いわゆる「大リバイバル」が起こり、集まる人、献身する人が急激に増えて、多くの使役と時間が生み出されて、「イエス青年会」として正式に発足したという。その後数年、わたしたちは、この組織が中国全土の多くの大学の中に出現していることを発見し、同じく香港と米国にもこの組織の活動があることを知った。イエス青年会のウェブサイトに記載されている通りである。

この組織のウェブサイトに記載されている、中国人の信者が創設して指導しているというのは、事実ではなく、完全に韓国人によって支配されていて、聞くところによると、この組織の資源はすべて韓国から来ており、また、韓国語で激しい祈りをささげ、さらに、定期的にインターネット上で会議を行い、ネットを通じて、各大学の使役に対して遠隔操作が行われているという。


組織の構造と内実

組織と機構の面から見ると、イエス青年会の最大の特色は、制度が整った単独の団体だということである。この組織は、韓国の統一教会に似ていて、わたしたちも最初は、統一教会ではないかと思った。しかし、この組織は統一教会教主の文鮮明を軽蔑しているので、もしかしたら統一教会とは別の新しい組織であるのかもしれない。イエス青年会は、教会、文化機関、事業会社を包括していて、後者はすべて教会へのサービスのためにある。通常の方式では、中の者たちは仕事をし、別の一部の者たちは伝道する。この組織は、文化機関と事業会社の部門で非常に成功しており、多国籍企業の助けもあって、これらの部門が多くの大学生を引きつけ、学生に社会活動に参加させる機会を提供している。

同時にこの組織は、包括的な団体として、効果的な使役と育成訓練のシステムを完備していて、献身の程度に合わせて弟子の育成課程を提供し、学生にこの組織の使役に参加するよう積極的に勧誘する。一部有名大学では、卒業生や休学生に全時間の使役をさせていることがわかっている。この組織は「大学院に行けるよう用意してあげる」と言って、使役の仕事に就かせるのだが、学生たちは一年後には地方へ行って使役しているので、結局この組織は、これらの大学を、使役者を養成する基地として利用しているだけなのではないかと、わたしたちは疑っている。

内部の実情について言えば、わたしたちがわかっていることは、この組織の階級は厳重であって、最高指導者の権威を強調している。以下は、わたしたちが、この組織の会員から聞いた目撃証言で構成したものである。

食事をする時は、最高指導者が先に着席して、他の人はそれからようやく座ることができる。最高指導者が高級な食器を使い、先に箸に手をつけ、食前の祈りをささげる。毎朝4時30分に起きて、5時から早天祈祷会を行い、昼休みはなく、夜9時に寝る。もし早天祈祷会までに起きられなければ、罰として朝食を断食する。道徳的な訓練を強調せずに、ただ聞いて伝えるだけであることを強調している。最高指導者は、この組織の全員に対して神的な権威を持ち、神の代表者として、人を罪に定め、審判する権能を持つ。有罪とされた人は、アベルの立場にある最高指導者のお世話をすることを通じて、必ず罪を清算しなければならない。(この組織では「清算」という言葉が強調される)。人間の罪の態度の最たるものは、高慢の罪であるから、その罪を清算するためには、最高指導者に完全に服従することが必要というわけだ。

この組織の管理と生活はとても厳格であって、律法的である。それでは、いったいどうやってこの組織は、学生たちを引きつけることができるのだろうか? 先に述べたが、この組織が、大学生に社会活動と実践に参加する機会を提供しており、さらに重要なのは、包括的で効果的な使役のシステムを完備していることである。


使役の状況

イエス青年会はたいへん使役を重視しており、包括的で効果的な使役のシステムを構築している。簡単に言えば、「伝道と祈り」である。イエス青年会の会員にとっては、伝道と祈りが彼らの生活のすべてであり、いのちである。

この組織が新しい大学で活動を開始する場合、この組織は、「不足のある場所」に十分な資金を投入して支持を与える。まず、大学で人を探して、彼らが言うところの「福音」を伝える。適当な人(ついてきそうな人)に出会ったら、その人たちと共同で会社を設立して、会社が立ち上がったならば、「不足のある場所」に資金を投入する経済支援の段階が終わったことを意味する。会社の収益は、教会に供給したり、さらなる事業の拡張に用いたりして、目標とする多くの企業を設立する。

どうして学生たちはこの組織に引き付けられるのだろうか? 大学生を仕事に参加させる以外に、いわゆる、目に見える愛の実践を通して、多くの実際的な世話や配慮をするからである。たとえば、借金を抱える大学生にお金を貸したり、温かい家庭の雰囲気を味あわせたりして、「これこそ地上の天国だ」と感じさせるのである。

以下は、脱会した会員からの目撃証言である。

この組織は祈りを重視していて、毎朝必ず早天祈祷会で激しく祈る。しかし、自発的に聖書を読むことは勧めない。異言も語ったり語らなかったりする。とても愛があって、自然で、信じていることがすべて徹底して心の中に刻み込まれている感じがする。他人に対しては寛容で自由であるが、いかなる時も、いやいやながらするそぶりは許されず、他人の行為を制御しようとはしない。生活の上ではまったく一分の隙もない。

しかし、この組織の「愛」の態度はとても奇怪で、明らかに聖書の原則に背いている。この組織の集まりに参加した大学生は、長時間の「じゅうたん爆撃」のような洗脳を施されて、使徒言行録にあるような財産を共有した初代教会を見習わせて、裕福な大学生に生活用品を寄付させたり、地方の会合の費用を負担させたりして、はなはなだしい場合には、非常に贅沢に使っている。多くの学生は、両親をだまして、親から与かった授業料を流用し、「互いに愛し合う」ために使っている。もちろん、これが、この組織の「経済支援」の出所となっている。

使役して与えられる手当は、中国の同程度の仕事で得られる給与と比べてみて、多くはない。実際には、手元にはほとんどお金がなくて、他に仕事に就くのも難しい。それは、仕事を探す技術も、お金もないからである。結局、この組織の中にいるしか選択肢がない状態なのだ。

この組織の「愛」は、ただ内部の狭い枠組みの中に留まるだけのものであって、この組織を認めない外部の人たちに対しては、冷淡である。外部の人たちは、天国には入れないのだから、外部の人がどうあろうと、じっとしていることができるのである。はなはだしきは、外部の人をだまして、金銭を獲得することすら、できるのである。この組織は、だまされた人たちを記念することすら、できる。その聖書的根拠は、ヤコブがエサウをだまして祝福を奪ったことにある。

彼らが福音を伝える時は、初対面の人には普通、罪の問題を話すことは避け、ただ神の愛だけを強調するので、表現としてはとても愛があるように聞こえるのだが、その目的は、人を引きつけて、この組織の聖書講義を受けさせることにある。一人でこの組織について行って学ぶことを願う者には、この組織の「惑わし」を受けさせる。つまり、大学生を勧誘して、聖書講義を連続して聞かせるのである。その速度はとても速くて、まず連続40日間の学習をさせ、40日間が終わったら、70日間の学習を続けさせる。その次は120日間の学習だ。40日間の学習によって、大学生の思想を混乱させた後に、さらに多くの勧誘をして、献身生活に入らせる。最初は伝道活動。次に共同生活である。共同生活では、生活を透明にする。つまり、組織の中核メンバーが、会員の毎日の生活について、事の大小にかかわらず、すべて報告させ、書き記して、上部に渡すのである。積極的に勧誘することについての聖書的根拠を挙げるとすれば、出エジプト記の助産婦のことを挙げる。イスラエルの女は、助産婦が来る前に子どもを生んでしまった。だから、サタンが来て奪い取る前に、すごいスピードでどんどん伝道して会員を作れ、ということになる。この組織の集会の中では、奇跡的なしるしや出来事があり、しばらくの間この組織に通うと、異言で祈ることができるようになる。これは、多くの人にとっては、戸惑うようなことであろう。

聖書講義は、毎回ノートに筆記させ、録音することは絶対に許さない。聖書講義をするのに、聖書は重んじない。聖書も見るが、別の書き方でタイプ印刷された資料とパワーポイントを用いる。その資料とは、この組織の最高指導者が書いた『40講義』のことである。聖書講義の時は、聴く人は、一つ聞くごとに、アーメンと言わなければならない。聖書講義を説く人が、資料に独自に解釈を加えることは許されず、個人が聖書を読むことよりも、聖書講義の分量の方が上回っていた。その上、「たとえ間違っていることでも、あなたは受け入れなければならない。なぜなら、これは『秩序』のためだからだ。聞いてもわからないのは大丈夫で、何度も聞いていれば、そのうち分かるようになる。長くかかる人でも七年間も続ければ、才能のすべてが開花される。この聖書講義は、聖書を説き明かして、その霊的な意味を求めるものであるから、聖書の背後の意味にまで迫ることができる」などと主張される。

もし、聖書講義を受けている人が、比較的に慎重な態度であることを発見した場合、あるいは、疑念を抱いているような場合には、その人を「悪い土」と断定して、かたちの上だけでその人とつき合うか、あるいは嘘を言ってだまして伝道させ、そうすることで、真理が「良い土」に蒔かれるようにする。この組織は「理性的判断を捨てよ」と言い、世界を「理性的世界」(低級な世界)「信仰の世界」「愛の世界」の三つに分けて考える。「信仰」と「愛」を強調し、神は愛であるのだから、ただ愛し合うことを通してのみ、最も深くかつ完全に神を認識することができる、と言う。

この組織は「挑戦」を強調し、一人でこの組織に入った大学生に、しばらくすると「挑戦」によって「誕生」させようとする。誕生というのは、この組織がよく使う用語であって、挑戦に応えさせることによって、この組織に加わらせようとするのである。すなわち、「神のために駆け回って働くことができますか?」と挑戦し、集会の中で「祈りなさい」と挑戦し、「賛美歌を歌いなさい」と挑戦し、「伝道に行きましょう」と挑戦し、「他の人の前で話をしなさい」と挑戦する。聞くところによると、聖書講義を始めて半月ぐらいで「挑戦」を受けて「誕生」することになっていたのが、最近では、聖書講義を始めて三日から五日で「挑戦」を受けるという。

新人に「挑戦」して伝道させる場合、この組織は、「真理とは、種蒔きの喩えに出て来る種」であることを強調する。それゆえ、簡単なことすらわからない状態であっても、他の人に教えるならば、道を説くそのことの中に真理は存在するわけだから、わからなくても伝道できることになる。大学生に、集まりに参加してみないかと誘うことさえできれば、それでよいのである。

この組織は、祈りを非常に重視していて、普通の祈り、異言の祈り、黙祷のほか、韓国語の祈りを使うことも奨励する。毎日早起きして、早天祈祷会で祈る。

以下は、この組織に比較的長い間いた会員からの目撃証言である。
「わたしは平日の朝は5時45分に彼女たちが住む部屋に行き、祈り、讃美歌を歌い、時にはCDを聞きます。とてもしっかりした組織があるようでしたが、後から確かに大きな組織だと知りました。想像しにくいのは、私の高校の学友も、もとの会員の一人とこの教会に加わっていて、時には一緒に大声で祈り、讃美歌を歌ったことです。

わたしの場合は意外に早くて、聖書講義を50日間聴いた後の2003年7月4日に、いつものように朝5時に起きて部屋に行き、ひざまずいて大声で祈っていると、ゆっくりと口から出る音声が変化して、異言で祈り始めていまいした。わたしは涙を流して、心の中に普通ではない平安をおぼえて、感動していました。それからは、わたしは異言で祈るのが好きになり、自分を築き上げるために異言で祈りました。異言が出る前は、その恵みを切に願って、恐らく一ヶ月ぐらい願い求めていました。

異言の後も、わたしは聖書講義を聞きました。この時には、すでにいくつか人を加えて、私一人から4人まで聖書講義を聞いて、隊列は比較的に大きくなりました。わたしが『40講義』を聞き終わる時には、連続して次の70日間も聞くかどうか、聞かれました。わたしは『はい』と言いました。70日間聞いた後に、次の120日間も聞くか、と聞かれました。わたしは『はい』と言いました。そうして、毎日ずっと聞いて、最後に計算すると、2003年9月初めまで、わたしは合計103日間の聖書講義を聞いたことになります。その中には、創世記前半の12章、ローマ書、いくつか福音書の章節、黙示録の内容がありました。イザヤ書や黙示録や創世記が好きで、福音派の観点に立っていますが、この組織の聖書解釈は霊的に深く、すぐには理解できない奇妙なものもありました。たとえば、アベルの捧げ物を神は喜ばれたのに、なぜ、カインの捧げ物は喜ばれなかったのか。この組織の説明によれば『カインの捧げ物が喜ばれなかったのは、土を耕したからで、神は土を耕すことを喜ばれない。耕作地は四季を経て循環し、元に戻ってしまうから、何も変わらないことになる。つまり、生命が更新されない。これに対して、アベルは放牧したので、毎日放牧した家畜のために、新しい草原を探さなければならなかった。そのことによって、生命は絶えず更新して、神はそれを喜ばれたのだ』というのです。」

わたしたちが見たところ、イエス青年会には、活発に活動する包括的な統制のシステムがあって、これを「不滅の神の道」であると強調している。この道について行けないことは、地獄の底に落ちるよりもっと痛ましいことだ、と言われる。この道について行く者は、初めは他の場所にはないような愛と気配りを受けた後に、ゆっくりと「挑戦」を受けて、もといた教会や学生会から離れるよう要求される。はなはだしきは、学業を途中で放棄するよう求められることもある。わたしたちは、この組織に献身した学生に出会うことがある。この組織に加わって三ヶ月ほどで、全時間の献身を決意し、学業を放棄して、一日中この組織に従って伝道する。この組織の要求によって、重要な任務を与えられ、事業会社や文化機関に任命され、献身が強化される。特によく見られるのは、献身者が短期間韓国に渡って、修練会に参加し、実際には洗脳されてしまうことである。ここまで行ってしまうと、もうなかなか離れられない。


教義の問題

イエス青年会が、自分たちの奉じる「真理」を隠していることに注意する必要がある。異なる「土」のレベルに応じて、程度の違う「真理」を明かすのである。このため、一般の人には、この組織の最も深い段階の真理を知ることは、難しい。最も深い段階の真理を知っている人は、すでに洗脳を受けて、完全に内部の人間になっている、上の階級に挙げられた会員であるわけだから、知ったところで、そういう人はもう離れられないのである。

しかし、わたしたちが現在収集している資料の一部からでも、この組織の「真理」が間違いなく異端だということは断定できる。収集した資料は、おもに2つの出所を含んでいて、ひとつは脱会した人から寄せられたもの。もうひとつは、初期の段階の集まりに参加していた人。初期の段階といっても、この組織は「真理」を必ずしも隠そうとするわけではない。そのため、低い段階の会員であっても、高レベルの真理を知っていることがある。もうひとつは、わたしたち自身がこの組織にしばらく通い、この組織の階級が上の会員(その中のある者は全時間の献身に入っている)と関わったことがあり、多かれ少なかれこの組織が教えたり説明したりした「真理」を知っていることである。聡明な彼らに、今このことについて尋ねるならば、彼らはいくらでもごまかすであろう。彼らは、「わたしたちもイエス・キリストを信じて義とされる、と信じているし、すべての人が罪人であることを認めて、贖わなければ、救われない」と言うであろう。このため、この組織の問題を発見しにくいのである。

具体的に言って、現在この組織の教義面には、次のような問題があることがわかっている:

1)「啓示論」については、この組織は、聖書は完全ではないと言い、彼らの最高指導者である「来臨のキリスト」が伝える『40講義』が最高の真理であって、これより完全なものはないとする。

2)「三位一体論」と「キリスト論」については、この組織は当初、イエスを神とは信じていなかった(聞くところによると、後から神と信じるようになった)。聖霊をも神とはしないで、学習の相当後の段階に来てようやく告知する。

3)「贖罪論」については、イエスの初臨は失敗であったと説く。(すなわち、本当なら、ゲッセマネの園において、弟子たちがイエスに油を注いで王としなければならなかったのだが、弟子たちが愚かであったために、イエスは失敗してしまった!)。十字架は恥辱のシンボルであり、それだからこそ、この組織の最高指導者(来臨のキリスト)が到来して、地上に天国を作り上げ、経済と文化の方面に絶対的な影響力を及ぼすようにならなければならない。今日のクリスチャンは、「現代のファリサイ派」として、来臨のキリストを拒否することになる、とこの組織は考えている。

4)「終末論」については、この組織はすでに来臨のキリストが到来していると説き、この組織の最高指導者が「来臨のキリスト」であることについては、初めて信者になった者が『40講義』を聞き終わる頃まで待って、その後ゆっくり説いて聞かせる。この組織ではまた、「天国」と「地獄」の区別がない。人が天国にいるか地獄にいるかという状態は、この組織の「真理」に対してどういう態度を取っているかを意味するに過ぎない。わたしたちが、この組織の「真理」に従順するならば、わたしたちの中に天国の状態が成就される、ということである。この組織はまた、復活とは「霊の復活」だけなのであって、身体の復活を否定する。

5)「教会論」については、ただこの組織にのみ本当の救いがあると説き、この組織について行かない者たちは、悪魔に属すると言う。また、この組織の最高指導者の権威を強調し、指導者には神的権威があり、神の代表者であって、人を罪に定め、審判する権能を持ち、最高指導者に対して完全に従わなければならないことを強調する。

以上が、イエス青年会についての簡単な説明である。わたしたちは、中国国内と海外の兄弟姉妹が、イエス青年会に対して警戒体制を取ることを、心から要請する。特にこの終末時代にあって、「にせキリスト」「にせ預言者」「にせ教師」が絶えず大量に出現して、次々と邪説が現れているから、わたしたちの主の再臨の日が近づいていることに注意し、主を畏れ、主に信じ従い、主に依り頼んで、真理の教えを守り、キリストを見つめて、証しするべきである。また、聖書の御言葉を大きく掲げて、残された最後の時間を大切にして、主が喜ばれることを求めて生きて行くべきである。

愛する人たち。あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい。神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、わたしたちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望みなさい。疑いを抱いている人たちを憐れみなさい。ほかの人たちを火の中から引き出して助けなさい。また、ほかの人たちを用心しながら憐れみなさい。肉によって汚れてしまった彼らの下着さえも忌み嫌いなさい。あなたがたを罪に陥らないように守り、また、喜びにあふれて非のうちどころのない者として、栄光に輝く御前に立たせることのできる方、わたしたちの救い主である唯一の神に、わたしたちの主イエス・キリストを通して、栄光、威厳、力、権威が永遠の昔から、今も、永遠にいつまでもありますように、アーメン。

『房角石日記』
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